“自治体と国が目線を合わせる”という挑戦-制度から支援体制を育てるデジタル人材の確保・育成の今後

 “自治体と国が目線を合わせる”という挑戦-制度から支援体制を育てるデジタル人材の確保・育成の今後

茨城県結城市役所での行政実務を経て、2025年4月に総務省 自治行政局 地域力創造グループ 地域情報化企画室へ係長として入省した櫻井俊寿氏。基礎自治体出身という稀有な経歴を持ち、現在はデジタル人材の確保・育成支援や広域的な自治体DX推進体制の整備に携わっている。「現場で感じた限界」を原動力に、制度と実務をつなぐ支援のかたちを模索する彼に、いま目指す自治体DXのあり方と「目線を合わせる文化」について聞いた。

(聞き手:デジタル行政 編集部 野下智之)

現場で感じた“もどかしさ”が、省庁への転身を後押し

2013年に茨城県結城市役所へ入庁。生涯学習課や保険年金課で住民サービスに携わった後、茨城県市町村課へ出向し、市町村支援に取り組んできた。自治体の内外での業務を経験する中で感じたのは、「国の制度をうまく使いこなせるだけの人材や仕組みが、地域の現場にはまだ十分に備わっていない」というもどかしさだ。

「制度自体は整っていても、現場で十分に活用するには人員やスキルの面で課題が残っていると感じています。国の意図と自治体の実情との間には、まだすり合わせの余地があると実感しました」

この“温度差”に対する課題意識が、総務省への転職の動機となった。単なるキャリアアップではなく、「現場の言葉を国の制度に翻訳する役割」が自身に求められていると感じた。

「制度をつくる立場になって初めて、現場との“目線のずれ”を実感することもある。だからこそ、現場を知っている人間が制度設計の段階から関わっていく必要があると考えました」

デジタル人材の確保・育成の最前線で、「制度の実装」を見つめる

総務省 自治行政局 地域力創造グループ 地域情報化企画室 第三係 係長 櫻井俊寿氏

現在、所属する総務省 地域情報化企画室では、自治体におけるデジタル人材の確保・育成の支援を行っており、櫻井俊寿氏はその主担当の係長として、プロパー職員・自治体からの研修職員とともに支援に取り組んでいる。特に近年は、生成AIなどデジタル技術の進化が激しく、自治体側の意識醸成や組織体制、人材のスキルセットも追いついていないという現実も立ちはだかる。

「総務省の業務は非常にスピード感がある。短期間で高い精度が求められますが、周囲の支えが大きいです」と語る一方で、制度を「作って終わり」にしない姿勢を徹底している。

「制度は“現場で使われて初めて意味がある”もの。各自治体が自走できるよう、人材と制度の両輪で支援していきたい。単なる知識の提供ではなく、各地域にとって“意味のある導入”にしていくことが目標です」

現在、同室では、都道府県と市町村が連携したDX推進体制を構築し、その推進体制の中で、市町村の求めるDX支援のための人材プール機能を確保することができるよう、ノウハウ・研修等の提供、アドバイザー派遣事業、財政措置等の支援策の充実を図りながら、総合的に取組を推進している。現場の課題を丁寧に拾い上げつつ、それぞれの地域の実情に応じた柔軟な支援のかたちを構築することを目指している。単発的・一方向的な支援にとどまらない「持続可能で相互的な仕組みづくり」を模索している。

民間人材によるアドバイザリーボード設置の背景-“受け身支援”からの脱却へ

総務省 DX推進体制アドバイザリーボードメンバーと総務省職員

その実践の第一歩として2025年6月に設置されたのが、「総務省 DX推進体制アドバイザリーボード」である。総合コーディネーターとして、三重県 最高デジタル責任者(CDO)も務めた実績のある株式会社うるら代表取締役会長の 田中淳一氏を招聘し、その活動をサポートしてもらっている。

背景には、従来の国による自治体支援の在り方への根本的な問いがあった。

「これまでの国の支援は、自治体からの“手挙げ”に応じる形が中心でした。でもそれでは地域間格差が縮まらず、抜本的な構造改革が進まない」

この問題意識から、全国の自治体に共通するビジョンを描き、そのビジョンを都道府県が共有し、広域的に市町村を支援する体制が必要だという認識に至った。

アドバイザリーボードは、デジタルサービスの企画・開発・運用・改善に精通する民間人材が中心となり、有識者による「会議体」ではなく、現場の実務支援までを見据えた“実働型”の体制として設計されている。参加メンバーは固定せず、有機的に入れ替え・拡大が可能な構造も特徴だ。

「制度の普及のみを目的とするのではなく、“制度を活かして現場を変えていく”という発想が求められています」

【総務省 DX推進体制アドバイザリーボード メンバー】※2025年8月時点

(1)礒田 健(一般財団法人GovTech東京 DX協働本部 区市町村DXグループ エキスパート)

(2)伊藤 あや(株式会社中日アド企画 東京支社 係長)

(3)伊藤 諒(カントミント株式会社 取締役 COO、元札幌市職員)

(4)河本 敏夫(株式会社NTTデータ経営研究所 マネージングディレクター)

(5)斉藤 正樹(Pole&Line合同会社 代表社員 CEO、 元デジタル庁シニアエキスパート)

(6)芹澤 典子(FrontDesk 日本事業部長)※欠席

(7)田中 淳一(株式会社うるら 代表取締役会長、前三重県CDO) ※総合コーディネーター

(8)辻 勝明(株式会社viviON 海外事業部 シニアマネージャー)

(9)長尾 飛鳥(岐阜県下呂市 CDO補佐官)

(10)中谷 嘉宏(三重県明和町 まちづくり戦略課 DX推進係 係長)※代理出席(吉村 直也)

※敬称略、五十音順

全国フォーラムが映した「変革の萌芽」

総務省 自治行政局 地域力創造グループ 地域情報化企画室 室長 志賀真幸氏

その第一のアウトプットとして同年6月に開催されたのが「総務省 DX推進体制加速化フォーラム」である。本フォーラムは、“みんなで描こう2040ビジョン”をテーマに、DX推進に関わる全国の都道府県および基礎自治体の担当者が一堂に会し、課題と展望を共有する貴重な機会となった。

当日は、総務省 自治行政局 地域力創造グループ 地域情報化企画室 室長 志賀真幸氏による本フォーラムの意義に関する説明や、総合コーディネーターの田中淳一氏による全体説明、三重県明和町の先進事例紹介、民間デジタルサービス出身者によるデジタルサービスの創り方講座に加えて、「2040ビジョン策定ワーク」が行われた。このワークでは、自治体の将来像を見据えた上で、住民とのコミュニケーションのあり方や全庁的なDX推進体制の構築についての議論が行われた。

パネルディスカッション①では、「デジタル完結に向けた住民へのコミュニケーション~マーケティング・広報・PR・カスタマーサクセス、次世代の自治体に必要な機能とは?」をテーマに、住民サービスの質の向上に関する視点が多角的に語られた。

パネルディスカッション②では、「なぜ革新的な業務改革(革推)が進まないのか?~情シス任せではない、全庁一丸となって推進する自治体DXに向けた課題と対応」をテーマに、組織横断の体制づくりや意識改革の必要性について活発な議論が展開された。

全国から基礎自治体9団体、広域自治体23団体、計79名が参加し、情報システム・DX担当が約半数を占める一方で、人事、財政、企画といった非DX部門からの参加も約30%に上った。

「DXは情報部門だけの担務ではなく、“組織全体の風土変革・構造変革”です。原課部門や財政・人事が変わらなければ、自治体全体は動きません」

参加者の約9割が「非常に有意義だった」と回答しており、特に「民間サービスとの接点」「県と市町村の新たな関係性」に着目した意見が多く聞かれた。

「なぜ人事や財政に声がかけられたのか、当初は戸惑いもあったようです。でも実際に同じ場で議論することで、“DXは全庁的なミッションだ”という意識共有が生まれたのは大きな前進でした」

フォーラムの最後には、参加者同士のネットワーキングの時間が設けられ、自治体横断のコミュニティ形成に向けた動きも芽生えつつある。今後は、自治体との意思疎通を強化し、持続可能で相互的な取組を検討していく予定である。

総務省 DX推進体制アドバイザリーボード 総合コーディネーター 田中淳一氏

文化としてのDX”を根付かせるために

重視するのは、「仕組み」だけでなく、それを活かすための「文化」の醸成である。

「制度を設計し、体制を整えるだけでは足りない。共通の“危機感”と“希望”を持ち、目線を合わせて進めることが必要です」

その意味でアドバイザリーボードは、単に支援方針を検討する場ではなく、カルチャーを浸透させる“起点”と位置づけられている。支援メニューの具体化にあたっても、現場の納得感を伴う「共創プロセス」が意識されているという。

「目指すべきは、“全国どこでも行政サービスの水準が一定以上である”という状態。制度格差が市民の権利格差につながるような状況は避けたい」

櫻井俊寿氏は、支援に必要なのは“技術知識”だけではなく、「相手の置かれた環境を尊重し、共に進む姿勢」だと繰り返し語る。だからこそ、「一方通行ではない支援」を意識し続けるという。

写真左:櫻井氏、写真右:田中氏

未来に向けて-草の根の連携から、国民の利便へ

現在の自治体DXは、まだ明確な“成功モデルが存在しない”段階にある。それだけに、まずは一部自治体でのモデル創出と、それを軸にした草の根型の展開が重要になる。

「変革は一気には進みません。まずは共通の“目線”を持ち、各自の立場から“今できること”を始める。それが信頼の連鎖を生み、変化を動かしていく」

また、国や都道府県だけでなく、民間企業や大学、NPOなど多様なプレイヤーとの連携も進められつつある。「地域の担い手」として、行政内外の力を柔軟に結び直すことが、次の段階だという。

現場を知る者だからこそ見える距離感、届けられる言葉がある。国と自治体、そして地域をつなぐ“翻訳者”のような存在として、制度の未来を現場に届ける櫻井氏の挑戦は続く。