政令市・福岡県北九州市のDXにかける意気込みを象徴する、約2,400人のDX人材育成プロジェクト[インタビュー]

政令市・福岡県北九州市のDXにかける意気込みを象徴する、約2,400人のDX人材育成プロジェクト[インタビュー]

(右から)北九州市 政策局 DX・AI戦略室 企画係長の加藤睦美さん、企画係の黒岩菜湖さん、
DX推進担当係長の永江好子さん


高齢化率が政令市の中でもっとも高い北九州市。高齢者一人当たりに対する生産年齢人口は、1980年の24人から、2040年には1.4人にまで減少するという試算がなされている。市の職員も例外ではない。すでに高年齢化が顕著で、バトンを渡す世代は減っている。市民サービスを持続するには、デジタル技術を活用した新しい行政へのアップデートが不可欠。

全庁的DX推進に備えるべく、2020年、市長を本部長、副市長を副本部長、各局区室長を本部員とする「北九州市デジタル市役所推進本部」を設置。これを支える組織として、2021年「デジタル市役所推進室」を設置、2025年に組織改変を行い「DX・AI戦略室」と名称を改めた。縦割りを廃し、庁内横断的に総合調整機能を担っている。

この組織主導で、2021年よりDX人材の育成を進めてきたが、2022年には「DX人材育成プロジェクト」を新たに立ち上げ、2023年からの3年間で 約2,400人のDX戦略・実行人材育成を目指す。政策局 DX・AI戦略室 企画係長の加藤睦美さん、企画係の黒岩菜湖さん、DX推進担当係長の永江好子さんに、目標達成に向けた道のりを伺う。

(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴史子)

DXに対する機運の高まりがプロジェクトにつながる

DX人材育成プロジェクトイメージ図(北九州市におけるDX人材育成の取組資料より)

北九州市では、「DX人材育成プロジェクト」始動前から、全職員対象のオンラインによるリテラシー研修、職員研修部門と連携した階層別研修、民間企業との連携協定に基づくスキル別研修を実施するなど、積極的にDX人材の育成に取り組んできた。こうした研修を通して、デジタルに対する機運の高まりを感じたと、加藤さんは振り返る。「当時のデジタル市役所推進室に多くの相談が寄せられるようになったのですが、マンパワーが足りない。それであれば、もっと現場に自律的にDXに取り組める人材を育成していく必要があるだろうと、プロジェクトの構想を始めました」

北九州市では、DX人材を「DX戦略人材(ゴールド)」「DX実行人材(シルバー)」「DX活用人材(ブロンズ)」の3段階で定義している。ただし、このプロジェクトの目標値である2,400人の対象はゴールドとシルバーである。

シルバーは、各職場でDXの旗振り役として、さまざまなツールを活用しながら、市民サービスの向上や業務効率化を図っていく存在。ITパスポート取得可能なレベルを目指す。

ゴールドには、各職場にとどまらず、市役所全体のDX戦略を打ち出していく存在。シルバーの中からさらに学びを深めたい人を集め、スキルを磨いていく。 3年間で約2,400人を達成するため、初年度には350ほどの部署全てにDX変革リーダー2名ずつの選出を依頼。約750名に所定の研修受講と課題提出を求め、シルバーメンバーとして認定する計画を立てた。2年目からは、また新たにDX変革リーダーを育成するのに加え、1年目にシルバーに認定されたメンバーから希望者を募り、ゴールドメンバーに認定するための研修を開始。「選出された人が全てシルバーになるのではなく、研修を終え、課題を提出した場合にのみ認定されるという仕組み。ゴールドも同様です」と永江さんは説明する。

 研修から生まれたアイデアが実装に向かう

シルバー研修の様子(北九州市におけるDX人材育成の取組資料より)

シルバー研修は、集合研修とハンズオン研修の2つに大きく分かれている。集合研修は基本的に座学で、データやクラウド活用、ローコードや生成AIといったツールを学ぶほか、有識者講演やITパスポート研修も含まれる。ハンズオン研修では、実際にローコードツールでプログラムを作ってみたり、オンラインアンケートを作ってみたりする。これらを経て、各職場におけるDX業務改善のアイデアを検討し、課題として提出してもらう。

ゴールド研修の様子(北九州市におけるDX人材育成の取組資料より)

ゴールド研修で特徴的なのは、ゼミ活動があること。シルバー研修で提出された課題から、全庁的に効果が見込めるものをピックアップして、実装まで進めてもらう。加えて、自己啓発の部分も多いという。「興味やレベル感が異なるので、それぞれの目的にあった研修を受講してもらいたいと考えました。そのため600以上のDX講座が受講可能なオンライン動画学習サービスを用意し、必要なものを学んでもらっています」(黒岩さん)

最後には成果報告会を実施。副市長とDX・AI戦略室に対し、「上限時間等を超えて勤務を命ずる許可申請書のDX 」「各種証明書発行申請アプリ」「就労証明提出に関する業務改善」「区役所の混雑緩和」など、13チームから多彩な16テーマが発表された。「中には、すでに実装して実際に使われているものもあります」(黒岩さん)

全職員にローコードツールアカウントを与えてアプリを増産

プロジェクトでは、全職員に向けたブロンズ研修も継続。特に、新任係長・課長・部長に対しては、DX推進の意義や管理職としての在り方への理解に重点を置いている。「若い職員がDXをしたいと声を上げた時、やらなくていいとか、忙しいのになぜする必要があるのか、などと言われたらそこで終わってしまいます。芽を積まないで欲しいと訴え続けることが必要だと思っています」(永江さん)

また、2023年から、会計年度職員を含む全職員、約8,000名にローコードツールのアカウントを付与。北九州市では、このローコードツール全庁導入と、DX人材育成プロジェクトを同時期に開始した。「DX全般に言えることですが、新しいツールを導入しただけではどうにもなりません。それを適切に、効果的に活用する職員を育てる必要があります」(加藤さん) ツール導入と人材育成を同時並行し、職員の自主性や主体性を高めるとともに、他の職員との情報やノウハウの共有によって、新たなアイデアやソリューションを生み出し、業務改善の輪がどんどん広がった。

ローコードツールの導入事例

この相乗効果によって、実際にアプリの数は増加。2024年度には年間削減作業時間8万時間超、累計システム費用削減額100億円相当の効果があった。「業務を分かっている人たちが、自分たちに必要なアプリを自分たちで作れるのは大きなメリット。例えば、老朽空き家の現地判定の場合、手書きシートを持参し、写真を撮り、帰ってきてから会議資料を作成するというプロセスが必要でした。しかしアプリがあれば、現場で会議資料まで自動で完成します。また、外注すれば初期コスト、ランニングコスト、メンテナンスコストがかかります。それらに鑑みて、どれくらい節約できたか試算した金額の合計が100億円です」(永江さん)

職員も内なるユーザー

DXによって北九州市が実現しようとしているのは、ユーザー主義への転換である。ユーザとは、市民はもちろん、職員も指す。市民サービス向上、業務効率化、働き方改革の三位一体で取り組んでいる。「業務効率化のみを追求し、これまでより1秒でも早く仕事を片付けなくては、と余裕がなくなっていくDXを目指しているのではありません。今までの行政を単にデジタル化するのではなく、同時に市民サービス向上はもちろん、働き方改革によって、職員一人一人のポテンシャルを最大限高めること。そして、そのDXによって生み出されたマンパワーで、行政需要の先回り、一人ひとりにフィットしたサービスの提供、市民・地域・企業のマッチングを図るなど、新しい行政にアップデートしていくことを目指しています」(加藤さん)


職員の3分の1にあたる約2,400人という思い切った人数目標を立てたために、難しさや苦労もあった。せっかくDX研修をするのだからとローコードツールを使って連絡通知をしたところ、馴染みがない職員からは「こんなツールで送ってくるな」と言われたこともある。また、問い合わせをメールやチャットでお願いしても、まだまだ電話でかかってくる。全職員にオンライン動画学習サービスを展開した際、1日50件を超える電話を受けることになった黒岩さんは、「最初はやはりアナログを使いながら、少しずつDXへ移行していかないといけないんだなと痛感しました。人数規模を目標にすると、どうしてもやらされ感のある人も出てきてしまいます。でも逆に、意欲がある人にはどんどん自分で学んでスキルを上げていく様子も見られて、うれしかったですね」と話す。

「個人のDXレベルもまちまちなので、画一的な研修だと効果が感じられない方もいます。2年目はレベル分けをするなど、色々と試してはみましたが、この人数規模で続けるのか、今年度また走りながら、来年度以降について検討していきます」(永江さん)

「しかし、2040年を見据えて、北九州市はこれくらいの勢いでDXを進めないと本当にまずいんだということを、多くの職員に分かってもらえたのではと思います。デジタル政策監自ら、研修で新任部長職の方々に直接アプローチしてくれたこともありがたかったですね」(加藤さん)


スキルは異なっても、ゴールドにまで進む人は総じてDXのXのマインドが強い。変革したいという強い思いを持つ人に研修を届けられたのも大きな収穫だ。 生成AIに関しても、普段の業務で積極的に活用している。2023年7月からMicrosoft Copilotの無料版を、同年12月から地元企業と共同開発した独自の生成AIを全職員が使えるようにした。すでに一歩進んだ印象を受ける北九州市のデジタル戦略。今後さらに加速していきそうだ。