チームで縦割りの境界を溶かす。静岡県浜松市のDXメンター制度は組織を変えるか[インタビュー]
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浜松市デジタル・スマートシティ推進課の村越功司さん
2023年1月、「浜松市DX推進計画」を策定した浜松市。「LGX(ローカル・ガバメント・トランスフォーメーション)推進に向けた組織・職員意識の変革」を掲げ、取り組みの一つとして「DXメンターの育成」を進めている。
育成に携わる同市デジタル・スマートシティ推進課の村越功司さんは、「DXのDは、あまり気にかけていない。Xに関する意識とスキルを高めることが重要」と言い切る。
さまざまな自治体を訪れ、自治体における組織変革の難しさを痛感してきた村越さんの言葉には重みがある。
(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴史子)
分野横断の体制にDXメンターが一翼を担う

人がいないーーー。
DXの必要性が声高に叫ばれ、国からもさまざまな指針が降りてくる中、人材不足はどの自治体においても深刻な問題だ。
外部人材の活用は解決策の一つだが、マッチングの難しさがあると村越さんは強調する。
「自治体が期待するスキルや人物像とぴったりマッチすれば本当にいいのですが、残念ながらそうはうまくいかず、お互いにとって不幸な結果となるケースが多々あります。ここ数年、色々な自治体と話していく中で、時間がかかっても地道に職員を育てるべきだと判断し、DXメンター制度を始めることにしました」
エピソードでなくデータやエビデンスで語れないのがジレンマだと前置きしつつ、生成AIやチャット文化の普及、部局横断的なDX関連プロジェクトの推進時に、その成果を感じているという。「DXやるぞ!などと言うと、とかく攻めたいデジタル部門と日々忙しくてそれどころではない業務主管課との二項対立構造に陥りがちですが、育成したメンバーたちのふるまいがその辺をいい意味で『ふわっ』と中和してくれて、場に流れる空気が変わったのが非常に大きかったですね」と村越さん。
DXメンターは手上げ方式で、年齢も職位も職種も部局も関係なく公募する。
公募の際のエントリーシートの項目は次の4問。
1.今の浜松市の組織文化や職員のマインドについての課題
2.組織文化、職員マインドに、あなたはどのような影響を与えたいか、どう変えたいか
3.DXメンター研修で、あなた自身が伸ばしたいスキルや能力
4.部局横断的な市民サービスの向上や業務改善、働き方改革など、変革に関するアイデア
(他団体からの参考や実験的なものでも可)
これまで、新規採用1年目から55歳まで、問題意識を持った幅広い世代が集まってきた。2025年度は、20名の募集に34名のエントリーがあった。「水を飲む気がない人を水飲み場まで連れてきて水を飲まそうとしても大変なだけ。だから、水飲み場だけ用意して、喉に渇きを覚えていて自らやって来た人といっしょに水を飲む、というスタイルをとっています」(村越さん)
部局からだれか1人出して欲しい、この職位の人を出して欲しいなどと募集すると、集まった集団内にどうしようもない温度差が出てしまう。村越さんは、そのマネジメントに苦労して、結局「やりたいことができなかった」「いつのまにか、参加者に研修に頭を下げて来てもらって、なんとか研修日程をこなすことが目的になってしまった」自治体を数多く知っている。そうしなければならない庁内事情がある自治体があるのも承知している。しかし、浜松市では、全体の底上げやスキルアップ、リスキリングは他のセクション(人事課)に任せると割り切り委ねている。
「その気のある人だけを相手にしているという意味では、苦労はないです。それを許してくれている庁内の環境が一番ありがたいですね。他の組織だと『部局のバランスを考慮しろ』とか『全員に対してやれ』となりがちだと思います」
何かを変えたくてもなかなかうまくいかない、でもどうにかしたい、しかし動くと孤立しがち、という「庁内ではちょっと面倒と思われがち」な職員をネットワーク化できたことも幸運だったと振り返る。
「この仕事めんどくさい。いけていない。楽をしたい。こんなことを職場で口にするような職員って、大抵ちょっと浮くじゃないですか。そして、そういう職員ほど組織にすぐ見切りをつけて辞めていきます。これからの人口減少社会を地方の自治体が生き抜くのに、この手のタイプの職員ほど貴重なはずなのに。彼ら彼女らの存在を肯定し、仲間としてつながることで、組織への諦めと絶望を少しは弱められるのではないか考えています」(村越さん)
今年2025年で4年目を迎えるが、過去のDXメンターからの推薦(リファラル)でエントリーする人も増えているそうだ。
人が人を育てるスパイラルを目指す
前述したように、DXメンターの育成において最も重きを置くのは「X(トランスフォーメーション)」の部分だ。デジタルツールに関するスキルを伸ばすのではなく、変革する力、変わることや変えることに対するマインドセットにアプローチする。大切にするのは、アジャイル、サービスデザイン思考、プロジェクトのマネジメントスキルなどだ。

研修の最後には、市長に向けたピッチの場が設けられる。1年間、チーム毎に何らかの課題をテーマに掲げ、それに対するアプローチや考え方、課題解決のスキルを学んできた成果と、DXメンターとして認定された後の抱負を、3分に込める。
「時間はあえて短くしています。対面する経営層に伝えたいことを短時間で伝え、腹落ちしてもらう。これもDXメンターの重要なスキルですから。また、市長との距離も短くしています。5千から6千人の職員がいますから、幹部職員でもないとなかなか市長を目に前に話すことはありません。DXメンターならではの機会だと思います」(村越さん)
DXメンターには庁内システムにアクセス可能なLTE対応のChromebook(クロームブック)を1人1台配布し、Slackのライセンスも付与している。2024年度までの3年間で82名のDXメンターを認定した。今年度から5年間は、毎年20名ずつ合計100名を育成する計画だ。加えて、DXメンターの中から新たに庁内DXの中核を担う職員をDXコアメンバーとして選出し、5年間で10名育成する。
現在DXメンターの育成は、そのプログラムのほとんどを公募型プロポーザルで選定した事業者に委託しているが、将来的にはコアメンバーによる実施を目指す。「意識しているのは、人が人を育てるサイクルに完全入っている神戸市。神戸市に追いつきたい」と村越さんは話す。
時間を生み出すことがゴール

DXメンターの役割や成果は、シンプルに「時間を生み出す」こと。自分や周り、他の部局も含めて、デジタルで仕事のやり方を変え、その結果として、職員に余力、考える時間、変える気力をチームで生み出すことを目指す。「『チームで』という点がミソだ」と村越さん。
DXメンターを含む「チーム」が部局横断でプロジェクトを動かして、余力、時間、気力を生み出し、そこからまた他の組織に飛び火した一つの事例として、窓口改革を挙げる。
「書かないワンストップ窓口プロジェクトをいっしょにやった職員たちは、1年間ほぼ毎日ともに泣いて笑った『戦友』です。でも、いまはもうほとんど異動してしまいました。ただ、別の部署に異動しても、そのときの経験とマインドを糧に、異動先でも周りの職員を上手に巻き込んで、めんどくさいやいけていないをどんどん変えています。そういう『戦友』の武勇伝を聞くのがたまらなくうれしいです」(村越さん)
ただ、DXメンターが活きるも活きないも、部局のカルチャーや所属長のマインド一つに左右されるという現実も、村越さんは冷静に捉えている。
「生き生きと変化にチャレンジしていたDXメンターが、理解のない上席にあたったり、部署に移ったりして『余計なことを言うな』『めんどくさいと言うな』『みんながまんしてやっている』などと言われると、あっという間に絶望して静かになってしまう。逆に、これまでほとんど目立たなかったDXメンターが、管理職が変わったり、異動したりすると、とたんに元気になることもある。こうした現実を目の当たりにすると、DXの推進などと声高に叫んでも、結局は組織文化と職員のマインドが根本だと思っています」
人を通して境界を溶かしていく
DXメンター制度の成果をどう測っていくか(データやエビデンスを示すこと)は課題だが、可視化の危険性も危惧する。
「職員のマインドや組織文化の変革にフォーカスしているのに、無理やり強引なKPIを設定して、数字を追い求めるような制度とするのには違和感を覚えています。とはいえ、予算を投じている以上、成果の可視化は必要です。アウトプットは育成人数とするとして、生み出した『余力、考える時間、変える気力』をアウトカムとしてどのように測定して可視化していくか、ミスリードにならないようにどう設計していくかが今後の課題です」
こう語りながら、ミスリードの際たるパターンを、「DXメンター制度の成果が『人減らし』に置き換えられること」と続ける。
「いったい誰が、自分の職場の人員が減らされるために本気でがんばりますか? DXが『人減らしの手段』になってしまうと、誰もDXを信じなくなります。自治体職員なんて減らさなくても勝手に減っていくんです。人口減少社会なんだから当たり前です。その環境下でこれから10年20年、どう仕事を回し、市民サービスを提供するかが大事だし、課題です。総務省もはっきりと、もはや行政改革の目的は人減らしではない、と言っています。それなのに、いつまでも行革を人減らしの道具とはき違えたままの自治体がとんでもなく多いんです。時代錯誤も甚だしいですが、残念ながらこれが地方自治体のリアルです」と話す。
職員はみな、目の前のことで精一杯だ。窓口業務につけば、お昼も満足に食べられないどころか、トイレにもろくに行けない。こども・子育て支援の部署なのに、「ここにいる限り子どもは産めない」という諦めの声が聞こえてくる。不夜城のような職場もある。「もちろん市民サービスは大事ですが、職員が不幸なのに、市民をハッピーにすることができるでしょうか。人口減少社会においても市民サービスを提供し続けるためには、職員の処遇、環境改善は絶対に不可欠です。それなのにいま『人減らし』なんてナンセンスです」
窓口改革も「人は絶対に減らさせない」と窓口と約束して進めた。当時のデジタル・スマートシティ推進部長が「正常に戻す改革だ。だから人は減らさない」、そう言ってくれたという。村越さんは「本当にありがたかった」と振り返る。「そうしていま、中央区の区民生活課は、窓口改革で生み出した余力と時間と気力を使って、PDCAサイクルをしっかりと回しています。以前は若手職員の『いきたくない職場ランキング』の常連でしたが、もう違います。もちろんお昼も食べられるし、トイレにも行けます」
デジタルを活用し、自分のまわりや他の部局の職員に、余力、考える時間、変える気力を、チームで生み出すことのできる人材。そうした職員を増やすことで、縦割り、縄張り、前例踏襲が根強い組織の境界をゆっくりと、だが着実に溶かしていく。
人材育成、そして組織風土の醸成は、「倦まず弛まず諦めず。それしかないと思っています」と、笑って締め括った。
