勉強会30回以上。北海道当別町のタイムリーな生成AI活用と人材育成[インタビュー]
当別町 企画部 デジタル都市推進課 主幹の碓井洋寿さん

ChatGPTが公開された翌月、2022年12月より早速、ChatGPTの検証と生成AI関連の情報収集をスタートした当別町。その後、2023年7月に全庁実証、同10月に全庁本格導入。北海道では一番最初だった。2024年3月にはRAG(検索拡張生成)の実証を、同4月にはMicrosoft365Copilot の実証をそれぞれ開始。同時に生成AIエバンジェリスト(伝道師)の設置も決定した。
生成AIの進化に遅れまいと、スピード感を持って進めてきた当別町。2025年になってもスピードは衰えず、7月にはマイクロソフトと自治体合同のPoC(Proof of Concept=概念実証)に参加、8月には公式ホームページの検索窓に生成AI機能導入する。
当別町 企画部 デジタル都市推進課 主幹の碓井洋寿さんは、勉強会や情報発信を通して職員の理解も並行して深めてきた。その経緯と手腕とは。
(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴史子)
ボトムアップで生成AI導入を決定

ChatGPTの登場は大きな話題になったが、期待と同時にリスクへの不安も囁かれた。当別町も例外ではない。「うちのような小さな町だと『リスクがあるようなら様子見しよう』『近隣市町村の導入を待ってみよう』になりがちですが、生成AIの適切かつ安全な利用を大前提として活用し、さらに業務効率化を進めたいと考えました」
このコンセプトを町長に説明し、了承を得る。
職員向けの勉強会は、生成AIの基礎知識から始めた。そのうち行政向けの生成AIサービスがリリースされ、技術面でも運用面でもリスクが回避できると判断。ガイドラインを作成した上で全庁実証に至る。町長をはじめ、デジタルに理解のある上司が揃っており、現場に閉塞感はなかった。
機運醸成のために

これまで開催してきた勉強会は30回を超えるが、碓井さんが力を入れたのはそれだけではない。ChatGPTを使いこなすテクニック、プロンプト事例やコツなどを掲載した週刊マガジンを職員向けに発行。「毎週情報を発信し、半ば強制的にでも生成AIに触れる機会を設けることで、利用のきっかけを作ろうとした。」と話す(現在は「きまぐれマガジン」と名を変え不定期になったものの、2025年10月には26号にまで到達)。
実証の最後に取ったアンケートでは一定の利用数を確認、業務効率が図られたとの回答を得た。そして、8割が継続利用したい、9割が期待しているという状況も見えた。この結果を受けて、本格導入が認められる。
本格導入はゴールではない
本格導入の際には下記3つの施策を合わせて発表し、町長と議会にも伝えたという。
- 有効活用の機運醸成施策は継続
庁内で生成AIを活用する風土を定着させるため、事例共有や研修などを継続して実施していく。
- 機能改善を検討
RAGやAIエージェントなど、新しい技術は率先して取り入れていく。
- 生成AI全般の研究・検討
ChatGPTだけに囚われず、生成AI全般に目を向ける。生成AIが過渡期であることを理解し、変化に適切に対処していく。
生成AI活用による業務効率化により、行政サービスの質をさらに高めることを目指して取り組む。
生成AIエバンジェリストの役割
日々生成AIの動向や進化、トレンドをチェックしている碓井さん。だからこそ切実に、生成AIが当たり前になる世界はすぐそこにきていると感じている。「職員にも早い段階で慣れてもらい、どんどん使ってもらうことが大事だと思っています」
そのためのキーパーソンが、「生成AIエバンジェリスト」だ。エバンジェリスト(EVANGELIST)とは伝道師を意味する。ChatGPTを使いこなしている一部の少数精鋭の職員が任命され、生成AI利用の活性化を担う。
「当別町役場の職員数は200名ほど。それでもデジタル担当だけで広めていくのは難しいので、エバンジェリストの存在に助けられています」
エバンジェリストには、「Microsoft 365 Copilot」のライセンスも付与。1人1カ月30ドル
(約4,500円)と決してリーズナブルではないが、費用の倍以上の効果が出せているのではと試算している(マイクロソフトとの効果検証より)。
Microsoft 365 Copilotで一体何ができるのか、碓井さんがいくつか教えてくれた。
・文章からスライドを生成
例えば避難所運営マニュアルのワードファイルがあるとする。パワーポイントを立ち上げ、このワードファイルを指定してプレゼンテーションを作るよう指示すると、パワーポイントのスライドができあがる(写真まで生成してくれる)。
・文章やデータの視覚化
ワード文章やエクセルデータを、クリック一つで表やグラフ形式に変換してくれる。
・議事録作成
Teamsミーティング録画・録音から文字起こし、要約まで自動で行う。(デジタル都市推進課など一部の課でのみ使用されているため、今後は全庁展開を目指す。)
「もちろん生成結果をそのまま使うことはせず、内容確認をして職員が調整の手を加えますが、ここまで作ってくれるだけでもかなり楽になります」
エバンジェリストは生成AIに対する意識も高いので、最新の生成AIトレンドレポートも渡すようにしている。人数は2024年4月の開始時8名から、2025年10月時点で15名まで増加した。役職は主事から課長まで、部署は幅広く点在しているのだという。数年後には全職員の2から3割まで増やしたい意向だ。
利用の伸び悩みをどう改善したのか

職員の質問から、気づかされたことがある。
生成AIに何と聞けばいいんですか?—
勉強会ではいつも、「プロンプトをしっかり書きましょう」「生成AI に役割と条件を与えましょう」と繰り返してきたが、「どう書けばいいか分からない」「書くのが難しい」とハードルを上げていたのかもしれないと反省。「生成AIは自然言語で会話できるのが特徴なので、生成AIと一緒に実現したいことを言葉にして伝えるようにと強く言うようにしました」
国から100ページに及ぶ文書が届いたとする。「正直、全員が全部を読んでいる時間はない」と碓井さんは打ち明ける。まずは「分かりやすく簡潔に要約して」。内容が掴めてきたところで今度は「じゃあこの文書の中で実施しなきゃいけないタスクは何?」といった具合だ。膨大な資料を、生成AIと会話をしていくことで、理解できるのだという。
こうして周知していった結果、2025年度より利用件数は目に見えて伸び出し、2,000件を超えるようになった。

“デジタルで効率化”の他に大切なこと
碓井さんが最近よく伝えているのは、「ECRS(イクルス)」と呼ばれる考え方だ。「Eliminate(排除)」「Combine(結合)」「Rearrange(入れ替え)」「Simplify(簡素化)」の頭文字を並べた言葉で、業務効率化のためのフレームワークとして用いられる。
「もっとも効果が高いのは排除。無駄をなくすということです。行政は特に一度始めた事業を途中で止めにくい傾向があります。職員数が減少しているにもかかわらず、業務量は増え続けています。『本当に必要がなければやめる』というマインドを持って日々の業務を整理するのはとても大切だと訴えています」
前述した議事録の生成AI活用も、イクルスの考え方に基づいている。
生成AIをシームレスに使う

今後は職員がAIエージェント(設定された目標や特定のタスクを実行できる生成AI)を作れる基盤を整えていきたいと考えている。すでに自身でトライアルをしており、その一つにプロポーザルのスケジュール案作成に特化した「プロスケくん」がある。こうした細かく手間のかかる業務を生成AIで時短できる世界にしていきたい、と力を込める。
「プロポーザルのタスクに関して言えば、基本方針、審査会設置要領などを作成するAIエージェントを作成し、マルチエージェントで処理することを目指しています」
民間ではすでに使われている仕組みを、行政でも目指したいと続ける。
また、ワードやエクセル上にすぐに生成AIを呼び出してその場で活用できるような環境も、数年後の実現を目指して検討を始めている。
一方で、意識的改革も進めており、AIガバナンスに関する研修なども検討している。
生成AIには嘘が混じるリスクを鑑みつつ、使う使わないを決めねばならない。それでも、使いながら習得する部分は多い。碓井さんはこれからも勉強会とアップデートを継続し、職員の的確な判断、有意義な利用環境をサポートしていく。