生成AIを業務の中で自然と使えるまで。埼玉県志木市の地道な挑戦[インタビュー]
志木市役所 総合行政部 デジタル推進課 八木征利さん
2023年5月より、生成AIを本格導入した志木市。翌6月には市長が広報誌のコラムでChatGPTに触れ、活用を強く後押しした。志木市役所 総合行政部 デジタル推進課 八木征利さんは、デジタル庁が展開するデジタル改革共創プラットフォームのアンバサダーも務める。生成AIに対する不安や疑念を丁寧に払拭しつつ、使えば一歩進める、楽になると示しながら、内外で草の根的な啓蒙活動を続けている。
(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴史子)
ネガティブ要素をどう払拭するか
2022年11月のChatGPTの登場に八木さんは衝撃を受けたのをよく覚えている。リリースと同時に話題をさらったこのイノベーションは、緩やかに市役所にも入ってきた。自身も利用を始めていたため、使う職員が増えていくならば利用するための決まりを作成する必要があると判断。2023年4月の段階で、下記の通知を発信した。
・ChatGPT の回答をそのまま公文書や公開文書として使わない。
・個人情報など、機密性の高い情報は利用しない。
・あくまでも業務の参考程度の活用とする。
・ChatGPT の回答内容は慎重かつ十分に精査し確認する。
翌5月には庁内横断型の「シン・DX 推進チーム」が発足し、ChatGPTの活用可能性に関する研究も命題とした。
その後、LGWAN-ASPサービス(セキュリティ確保のためインターネットとは切り離された行政専用のネットワークLGWAN上のサービス)の出現をきっかけに、トライアルを始める。
「市役所は文章の作成・管理が非常に多いところ。私にとっては苦手分野なので、自分が楽できると思ったのが本音です」と八木さんは言うが、地道な啓蒙活動を続けていく。

自主勉強会開催や、グループウェアの掲示板に「生成AIかわら版」として生成AIの概要やプロンプト(生成AIへの指示文)の活用事例を紹介するといった周知活動などを通して、多少なりとも使う職員の数が増加。とはいえ、半年ごとのアンケートからは、まだ次のような回答が見られるという。
・使い方が分からない。
・うまく活用できるか不安。
・プライバシーやセキュリティが心配。
・これまでのやり方で十分。
・必要を感じた場面がない。
正職員全員にアカウントを配布しているにも関わらず、「知らなかった」との声もありショックを受けながらも、課題点を洗い出しながら使用率アップに努める。生成AIに対して不安や無意味感を抱えた職員がいる以上、「使いましょう」だけでは届かない。八木さんは定期的な研修を実施するほか、生成AIの使い方指南をグループウェア(情報共有、コミュニケーション、業務などを効率化・活性化するためのITツール)の掲示板に掲載。2025年10月時点で、平均約17.3%が利用するに至っている。
ヘビーユーザーが活用を牽引
活用例を尋ねると、やはり報告書や議事録作成、メールの下書きなど、文章に特化したものがメインと答える。中でも八木さんが勧めるのは、文章の要約だ。「国や県から来る資料って難しいんです。最初から生成AIで要約したものを配ってほしいと思うほどです」
アンケートでの使用も目立つ。「生成AIで作成したアンケートを実施し、結果をさらに生成AIで分析。クロス集計して報告書を完成させるまで一貫できます」と八木さんは話す。
課に偏りがあるというより、個々のヘビーユーザーがさまざまな課に点在しているイメージだという。「月の利用ユーザーのトップ10はあまり変わりませんが、ここからは非常にポジティブな声が寄せられています」
・時間削減効果が上がった。
・作業スピードが上がった。
・アイデアの幅が広がった。
・ミスが減った
・ちょっとした分析でも使える。
・広報の校正が楽になった。
と、上記のネガティブコメントとは対照的だ。
現在はシフトプラス株式会社の「自治体AI zevo」を利用。「自治体AI zevo」では多くの生成AIモデルが使えるが、例えばひと月に使える文字数がGPT-4o miniは多い、GPT-5やClaude(クロード)はGPT-4o miniより少ないなど、モデルによって異なるため、使用頻度の違いにより、月の前半で100%に達する月もあれば、少し残して終える月もある。八木さんはそうした状況を見ながら調整している。
生成AIを知れば一歩進める
八木さんが目指すのは、ワードやエクセルといったオフィスソフトと同じように、身構えず、業務の流れの中に自然に生成AIが入っている姿。もちろんセキュリティには十分考慮した上でだ。「もしクローズされたネットワークの中でうまく生成AIが使えて、名前を入れただけで『この人には、もっと○○部署で手厚い支援が必要』といった回答を返してくれるようになれば、利用価値も幅も広がるのではと思うんです」
事業者との会話の中から、将来は可能になるという期待を持っている。
デジタル庁が展開するデジタル改革共創プラットフォームのアンバサダーも務める八木さんには、生成AIについて詳しいとの噂が広がり、登壇の依頼も少なくない。講師として心がけているのは、学習だけのインプットだけでは終わらせないこと。B級グルメの開発、自治体のキャッチコピー作成など、生成AIを使ったグループワークと発表(アウトプット)を必ず組み込み 、「生成AIを使うあなたは、他の人よりも一歩前に進んでいます。使って便利だと思ったら、庁内でインフルエンサーになって広めてください」の言葉で締めている。
生成AIを使う上での注意点
LGWAN-ASPなど、自治体で使われているサービスの場合、プロンプトが生成AIに学習されないこと(=オプトアウト)や、4情報(氏名、性別、住所、生年月日)にチェックが入るシステムが搭載されているものもあるので、インターネット上で利用できる生成AIより、セキュリティを確保して利用できるということになる。ただし、普段からプロンプトに入れない意識は必要だと注意喚起する。
「八木さんではなくYさんにするなど、プライベートで使う際にも気をつける一つの判断になると思います」
また、「はまりすぎないことも大事」と続ける。生成AIを使い出すと、壁打ちすればするだけ返ってくるので、止められなくなってしまう。頼りすぎず、節度を持って接する必要があるという。
使う人と使わない人の差を埋めていく

生成AIのヘビーユーザーがいる一方で、使わない人は全く使わない。使っていない人にどうアプローチしていくかが、目下の課題だ。「成功体験を地道に伝えて、背中を押してあげる草の根活動しかない」と八木さん。とある文書作成に何日も唸っている人がいたら、その文書を生成AIを活用して10分で作ってみせると驚くし、試してみたくなるはず。「楽になると分かればガンガン使うようになるんです」
デジタル改革共創プラットフォームのアンバサダーとして、他自治体から生成AI導入の相談を受けることもある。上層部にどう認めてもらうのか、情報システムの職員が先走りすぎていないか、検証しながら進めるべきと慎重な姿勢ながら、これから行政事務での生成AIの活用がマストになることは間違いなく、情報も技術もどんどん進化していくので距離は置かないで欲しいと伝えている。「共創プラットフォームには生成AIのチャンネルもあり、最新情報が活発にやり取りされています。自分で探すより早いのでおすすめです」
志木市の人口7万6千人に対し、市役所正職員数は約400名。規模的にはそう多くないそうだ。「デジタル化で職員数を減らせるよね、と言われた頃もありましたが、もはや自然に減っていきます。生成AIに任せられるところは任せ、相談業務など人と接する部分に人員をフォーカスできるようになればと思っています」