農業用AIロボットが未来の農業を変える? スタートアップが描く新しい世界とは[インタビュー]

農業用AIロボットが未来の農業を変える? スタートアップが描く新しい世界とは[インタビュー]

リニア中央新幹線の開業に向けて、山梨県が立ち上げた「TRY!YAMANASHI!実証実験サポート事業」。全国からこぞってスタートアップ企業が参加するこのプロジェクトは、今5期目を迎えている。山梨県が見据える意義は何なのか。山梨県 知事政策局 リニア未来創造・推進グループ 政策補佐の齊藤浩志さんに、4期目の事例とともに伺った。

(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴 史子)

“テストべッド”として価値のある山梨県へ

まずは品川―名古屋間を結ぶリニア中央新幹線

リニアの開通によって、東京・品川から約25分、名古屋からは約45分と、山梨県と1時間圏内で行き来できるエリアは格段に広がる。羽田空港や成田空港からのアクセスも良くなり、環境の変化が予想される。「とはいえ、リニアの駅ができたら地域は活性化するのか?という問題意識がありました。2020年3月、有識者の方々に議論いただいて『リニアやまなしビジョン』を作成。リニア駅に降りてもらう理由作りが必要だと、“テストべッド”を突破口に最先端技術で未来を創るオープンプラットフォーム山梨を掲げました」

IT業界で用いられる「テストベッド」とは、大規模なシステム開発において、実際の運用環境に近い状態で技術やサービスの実証を行うプラットフォームのことを指す。山梨県を、新しい技術の検証を行う場所として位置づけたのだ。

「江戸時代、まずは山梨で歌舞伎のトライアルをし、お客さんの反応が良かったら江戸で上演されていたこともあるそうです。明治から昭和にかけては、『甲州財閥』と呼ばれる人たちが、今の日本のインフラになっているような鉄道や電力事業に力を注ぐなど、もともと進取の気性を有する地域なのです」と齊藤さんは話す。

イノベーション関係人口作りと社会課題解決を視野に

東京の南西に隣接する山梨県

リニアやまなしビジョン実現のための施策の一つが「TRY!YAMANASHI!実証実験サポート事業」で、2021年度より35件のプロジェクトを遂行してきた。スタートアップを含むさまざまな企業が、実証期間中は4〜5カ月ほど山梨に滞在し、関係機関の協力を得ながら、技術やサービス、アイデアを検証する。

実証実験をしたくても、企業がいきなりドアをノックして「協力して欲しい」と、なかなか言えるものではない。そのため、県庁が一緒になって協力者や実施場所などを探し、手厚く支援する。「コンパクトな県なので、支援者同士が近しい関係にあることも山梨の魅力だと思います」

この取り組みのゴールの一つは、“イノベーション関係人口”を作ること。「新しい価値を生み出す方と山梨が関わる機会を作り、そうした方々が増えていくことで地域が活性化し、さらにはリニアが開業した時に駅に降りていただく理由になるのではないかと思っています」

もう一つは、日本の社会課題にアプローチすること。「山梨県から、今日本が抱えている社会課題に対して何らかのインパクトを与えられるような取り組みに育っていくことを目指しています」

月面探査機から着想を得た農業用AIロボット

輝翠TECH社長のブルーム・タミルさん

「TRY!YAMANASHI!実証実験サポート事業」4期目に採択された企業の一つが、「輝翠TECH」。東北大学発のスタートアップで、社長のブルーム・タミルさんはアメリカでは月面探査ロボットの研究者だったという。来日した際、日本の自然や文化に感銘を受け、宇宙から農業ビジネスへと舵を切る。「人手不足や経営の効率化に資せないかと考え、青森県のリンゴ農家さんと農業用AIロボット開発を始めたのが起業のきっかけだそうです」

月面はでこぼこで走行環境が良くない。それでも走れる走破力と、AI解析技術によってGPS電波が届かなくても自律走行できる機能を、農場の運搬作業に活用することにした。

山梨県は果樹栽培が盛んで、特にブドウは日本一の生産量を誇る。山梨のブドウ農家2軒と、ブドウ栽培におけるこのロボットの有用性を検証。これまで人手で行っていた運搬作業と比べて、作業時間がどれだけ短縮できるか、人の負荷がどれだけ軽減されるかを確認した。

農場の形状やロボットが動き回れる自由度によって差は出たものの、2割ほどの時間短縮効果があった。何度も往復する必要がなくなるため、手間も省けた。

通常の運搬の様子。「猫」と呼ばれる一輪車を使用する
農業用AIロボットを使ったブドウ運搬の様子

「ご多分に漏れず、山梨県のブドウ農家も高齢化が進んでおり、平均年齢は約70歳という状況です。このロボットを活用して労力やコストを軽減しながら、良いブドウ作りに集中できることを最終目標としています」

4輪歩行の車体には籠が設置されており、収穫したブドウを積みながら運ぶ。その場で回転するなど小回りが効き、人に追従する機能もあるので、人について移動する。

「今は運搬のみですが、アームをつけて収穫までを目指しています」

AI画像解析技術は、データ収集や分析サービスにも役立てたい意向だ。また、アタッチメントによる草刈りや農薬散布自動化の提供も予定しているという。

「農家の方の『これまでの作業フローの中にただロボットを組み込むというより、ロボットを使うことを前提として全体のフローを改めて設計し直すきっかけになった』というコメントは、非常に有益なものだと思っています」

自治体、行政が抱える課題を解決するために企業の知見や力を借りるというケースは珍しくないが、地域に限定せず、日本全体で必要とされる新しい技術やサービスに目を向けている点に、企業側も意義を感じているようだ。「今後の事業展開のための理解者を増やすことができたのも、大きな成果ではないでしょうか」

大事なのは、何を解決し、どのような未来を描くか

山梨県 知事政策局 リニア未来創造・推進グループ 政策補佐の齊藤浩志さん

採択事業はデジタルに限定されていない。「ロボットであれ、AIであれ、手段に過ぎないと思っています。それを使ってどういう世界を描くのか、実証によってその世界にどれだけ近づけるかが大事だと考えています」

最終的に山梨県に着地するのかは常に問われる部分だが、「企業の成長につながればいつか山梨に還元してくれるのでは、という希望的観測ですね。とにかく、新しいチャレンジをする人を増やしていくことと、山梨が成長の場になることが一番重要なポイントだと思ってやっています」

前述したように、地域に限定せず、全国あるいは世界を見据えて彼らのビジネスが広がっていくことを齊藤さんは期待する。だからこそ、希望的観測は持ちつつも、山梨県に着地することに固執はしない。

近い将来、AIロボットが日本各地の農園を走る日が来るのかもしれない。