【シリーズ 医療MaaS】MRT、MONET Technologies「オンデマンド医療MaaS」実証事業ー前編ー[インタビュー]

【シリーズ 医療MaaS】MRT、MONET Technologies「オンデマンド医療MaaS」実証事業ー前編ー[インタビュー]

2021年11月、MRT株式会社(以下、MRT)は三重県大台町など6つの町で「オンデマンド医療MaaS」の実証実験を実施した。MaaS(Mobility as a Service)とは移動とそれ以外を組み合わせて提供するサービス形態であり、個人移動の利便性向上や温室効果ガス抑制の観点から注目されている。本実証ではこれに医療サービスを組み合わせることで、地域医療の課題解決を目指した。

MRTは医師・看護師などの人材紹介サービス『MRT Gaikin』やオンライン診療・オンライン健康相談システム『Door. into 健康医療相談』 、同社とオプティムにて『オンライン診療ポケットドクター』など、医療プラットフォーム事業を手掛ける。医療という領域に共通点はあるが、一見してモビリティとは縁が遠い。なぜ、本実証を実施するに至ったのか。MRT代表取締役小川智也氏、経営企画室深澤友佳氏に話を聞いた。

(聞き手:デジタル行政 編集部 横山 優二)

「オンデマンド医療MaaS」実証実験、実施の背景

――本実証では、具体的にどのようなことが行われたのでしょうか?

小川氏:三重県の大台町、多気町、明和町、度会町、大紀町、紀北町の6つの町を実証地区とし、車両を活用した医療サービスの実効性検証を行いました。看護師が医療機器を搭載した車両で患者宅近くまで訪問し、車両内でビデオ通話を用いてオンライン診療やオンライン健康相談、保健指導や受診勧奨などを行いました。2か月の実証期間のなかでおよそ90名の患者様にご協力いただき、大変有益な取り組みとなりました。

――なぜ医療MaaSに取り組むことになったのでしょうか?

小川氏:MRTは2016年から遠隔診療サービス事業に取り組んでおり、同社とオプティムが開発した『ポケットドクター』は経済産業省が主催する「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト」でグランプリを受賞するなど、実績を積んでまいりました。その一方、医療制度などの要因から、国内での普及は当初の想定よりも進んでおりません。今後、都心部の若年層の方々へは特段の施策がなくとも普及するはずですが、お住まいが離島や僻地の方々、シニア世代の方々にはデバイスや通信環境が普及の障壁となる可能性があります。さらなる普及を目指して検討を進めるなかで、車両を活用することが突破口になり得るのではないかと考えました。

経済産業省では先進的な事業モデル創出に向けたMaaS実証を委託事業として実施しています。こうした背景から当事業へエントリーを決め、結果として弊社のモデルが採択されました。

――なぜ三重県6つの町が実証実験の場所として選定されたのでしょうか?

小川氏:MRTは三重県広域連携スーパーシティ構想の協議会に参画しており、同協議会内の医療ヘルスケア分科会で幹事を務めております。実証地区6町は山間地域であり高齢化、過疎化が進んでいます。財政難を背景に公共交通機関の不採算事業の見直しが求められ、患者様が病院に通院するのには多大な時間と労力を費やすという課題がありました。

患者様への聞き取りからは、通院の必要性は理解しながらもそれにお金や時間を費やすことへの抵抗感がみられました。行政の観点からも通院の中断は慢性疾患の重症化、延いては医療費の高騰につながります。こうした課題を早期に解消する必要がございました。

オンライン診療を実施する風景。医師資格を持つ小川社長が直々に感触を確かめた。(右)
画面の向こうには協力した大台町の報徳診療所の医師が映る。

医療MaaSの意義と課題

「オンライン診療」とは、スマートフォンやPCなどのビデオ通話機能を活用して、医師の診察を受ける受診方法のこと。2018年に初めて保険診療として認められ、2022年度の診療報酬改定では、初診料が従来の214点(コロナ時の特例)から251点に見直された。しかし課題もある。利用にはスマートフォンやタブレット端末を利用するため、ユーザは若年層に大きく偏っているのだ。医療プラットフォーム事業を展開するMRTがモビリティ事業に着手する背景には、そうした現状に対する課題感があった。実証実験を実施した結果、どのような手ごたえを得たのか。

――参加した患者や医師からはどのような反応がありましたか?

小川氏:今回の実証実験の目的の一つはシニア世代の患者様にオンライン診療に慣れていただくことでした。実施前はビデオ通話で診察することに抵抗がある方もいるのではと想定していましたが、実際には多くの方が好感をもってご利用いただけました。「こんなにしっかりと先生と顔を向き合わせて話せるのであればオンラインのほうがいい」という患者さんもたくさんいらっしゃいました。デバイスの進化や通信技術に加えて、診察のための車内空間の設計が上手くいったことで予想以上に良い結果なったのではないでしょうか。

参加いただいた医師からは通信・デバイス技術の進歩によって診療できる疾患の範囲が拡大するのではないかという好意的なご意見をいただいています。一方で、MaaSを活用したオンライン診療に対して、診療報酬の見直しが必要というご意見もございました。診療方法には(入院を除き)対面診療、訪問診療、オンライン診療などがあります。現状では、医療MaaSは訪問診療と同等かそれ以上の労力を割くにも関わらず、保険算定項目では、オンライン診療料としての項目しか算定できません。現場の医師の方々からすれば切実な問題です。

実証実験にて活用した車両。
後編で紹介するMONET Technologiesが開発した。

――その他にどのような点で課題を感じましたか?

深澤氏:実証ではサイズが大きい車両を選択したことで内部が広く活用できるというメリットがありました。一方で、実証地域には細い道や急勾配の坂などが多く、運転には困難が伴いました。車両サイズには改善の余地があるでしょう。また、山間地域のため通信が途絶えることもありました。診療している最中に電話をつなげることも難しい場面もあり、事前調査が肝要だと感じました。

デジタルを通じて地域に貢献、MRTの挑戦

――今後、医療MaaSの取り組みは他地域にも拡大していくと思いますか?

深澤氏:医療MaaSの事例が増えるとともに、さらに注目されていくと考えています。医療人材が限られるなかで、全国的な医師・看護師不足は改善傾向にありません。医療 MaaSはこうした課題を改善し得る可能性を秘めているため、期待はますます高まるでしょう。普及のために重要なのは地域・利用者のニーズに応じた柔軟なサービス構築です。地域ごとの医療課題の把握や、医療提供環境の担保など、医療に関する地域特性を十分に把握することがカギとなります。

――MRTとして医療MaaSにどのように関わっていきますか?

深澤氏:医療に関する課題は山積しています。そのなかで、MRTの持つ医療ネットワークを活かしたMaaS事業などの新しい取り組みを実施していくことによって、既存の医療体制に頼る医療提供のあり方を生かした、医療提供環境の構築、つまり医療サポートの提供を実現することが可能となります。
そして、その実践は医療過疎地域で、より加速するでしょう。デジタル庁の発足など、社会全体がこのような体制構築にサポーティブな方向に進んでいます。我々MRTも、デジタルを通じて地域に貢献するため、今後も挑戦を続けてきたいと思います。

後編に続く