震災復興の経験を糧に、気仙沼市が掲げる水産DX構想とは―気仙沼市長・菅原 茂氏への都城市・佐藤 泰格氏によるインタビュー対談 ―
写真左:気仙沼市 菅原 茂市長、写真右:都城市 総合政策部 デジタル統括課 副課長 佐藤 泰格氏
東日本大震災からの復興を経て、気仙沼市では水産業を軸としたデジタル化が進められている。同市は水産庁の「デジタル水産業戦略拠点」に全国で初めて選定された自治体の一つであり、漁業の現場から流通、人材確保、さらにはまちづくりにまで視野を広げた水産DX構想を掲げている。
その背景には、震災対応の中で培われた行政文化や、人材・官民連携への継続的な投資がある。本対談では、都城市 総合政策部 デジタル統括課 副課長 佐藤 泰格氏が、震災前から市政を担ってきた気仙沼市の菅原 茂市長に対し、復興の理念、「出来ませんとは言いません」という行政姿勢、水産DXに取り組む狙い、そして今後の展望について話を聞いた。
震災復興の経験をどのように現在のデジタル政策へと接続しているのか。水産業という地域の強みを、デジタルでどう再定義しようとしているのか。自治体DXを考える上での一つの実践事例として、その考え方と取り組みを整理する。
(聞き手:デジタル行政 編集部 野下 智之)
気仙沼市が掲げる、震災と復興の理念
佐藤氏:まずは、震災と復興の理念についてお伺いします。まず、14年が経過し、復興を経て見えてきた気仙沼の未来像についてですが、復興がどの程度進んだかという感触をお聞かせください。
また、市長は震災前から現在まで市政を続けられていますが、本来市長になられた際にやりたいと思われていた施策が復興という大きな課題が生じた中で、進めることができたのか、できたとすればどのように進められてきたのかについてもお聞かせいただければと思います。
菅原市長:まもなく震災から15年になります。全国の自治体から派遣していただいた職員の皆さんの頑張りで、ハード面については完成度の高いものになりました。ソフト面についても本年度末で国の支援がほぼ終了しますが、ソフトランディングできると考えています。
復興については「創造的復興」という言葉がよく使われましたが、私はより具体的に「復興事業は社会課題の解決を伴うべきだ」というフレーズに変えて進めてきました。残念ながら岩手・宮城の沿岸部には福島のような産業をリードする国の構想がなく、自分たちで既存の政策を生かしながら進めていくしかありませんでした。
そのようななか、本市の復興において他の自治体と際立って異なり進めてきたことは、人材育成への注力です。
若者がまちづくりに興味を持ち、震災ボランティア後に移住してきた人などと融合したり、支援者が継続的に気仙沼を訪れてくれたりと、関係人口づくりには成功しているのではないかと思います。デジタル化も新しいまちづくりの一つで、多くの方々の力を借りながら産業とくらしの両面で進めています。
このように、大震災によって得たものも大きいです。震災1年目に大切にされた言葉は「絆」でしたが、2年目以降私たちが感じてきたのは「縁」だと思います。平時のまちづくりでは出会えない先進的な方々との縁ができ、その縁を大切にして政策を展開しています。
佐藤氏:数年ぶりに訪問させていただき、街の中にエネルギーというか前向きな雰囲気が充満していると感じました。これは被災した他の地域との大きな違いだと思います。
菅原市長:市民の顔の角度が少し上がっているのかなと感じています。小さな自信を持って復興のその後を生きているのではないかと思います。
「出来ませんとは、言いません」に込められた想い

佐藤氏:「出来ませんとは、言いません」※というフレーズは、最初に派遣にお伺いした時に拝見し、かなり衝撃を受けました。官民含めて様々なバックグラウンドを持つ人たちが、混沌とした状況で業務をする上での一つの指針になったのではないでしょうか。
※気仙沼市が掲げて、市民サービスの提供や復興事業に対する決意を表したスローガン
菅原市長:当時、多くの方が避難所や仮設住宅から市役所に来られ、未来が見えない中でご自身の復興に関する手続きや相談をされていました。市民がまだまだ未来が見えない中、なおさら見えなくなって帰っていくことを避けたかったのです。解決はできなくても、きちんとお話を聞いて、一緒に解決していく姿勢が大事でした。
窓口でお話をするときに、答えが出せない場合は「ベンチに座れ」と言っていました。横に座って同じ向きで課題と気持ちを共有するということです。
佐藤氏:公務員は前例踏襲や規則を考えてしまい、ついつい「出来ません」と言ってしまいがちな中で、一つの指針になっていたような気がします。
菅原市長:自ら被災した職員も沢山いました。被災していたからこそ目線が合う場面もありましたし、一方、被災していない後ろめたさを感じながら対応していた職員もいました。誠心誠意が一番大切な時期でした。
佐藤氏:ベンチに座って同じ方向を見るということが職員の方々の指針となり、今の気仙沼市の政策の活況につながっていると感じました。お話は変わりますが、ふるさと納税も100億円超えと全国屈指の規模ですね。
菅原市長:大変ありがたいと感じており、気仙沼を応援してくださる全国の皆様に心から感謝を申し上げたいと思います。ふるさと納税でいただいた寄附は基金化して、政策パッケージとして見える化をして使わせていただいています。水産の町というのはアイテム的に一定の優位性があるのかなと思っています。
また、返礼品の提供事業者や配送事業者の皆様を中心に、本市ふるさと納税の運営を支えてくださっている関係者の皆様と、同じベクトルで高い熱量をもって取り組めていることが良い結果につながっていることを大変嬉しく思っています。
いただいたご寄附の使い道として、本市では「未来への投資」を基本に据え、これまで「人口減少」「教育」「産業」の各政策パッケージを策定し順次予算化しています。
高齢者向けの施策展開への期待も多数寄せられていますので、本年1月に「人生100年シニア活躍パッケージ」といった政策パッケージを新たに発表させていただいたところです。
水産業の不確実性を抑制、気仙沼市が推進する水産DXへの想い

佐藤氏:水産庁のデジタル水産業戦略拠点に全国で最初の3拠点の一つとして選ばれるなど、水産DXに先駆的に取り組まれています。
関連資料を拝見しましたが、非常に包括的な構想に驚きました。
具体的には、「衛星通信を活用した洋上支援デジタル基盤」では、遠洋漁業中の船舶に対する医療相談や機器故障への遠隔サポートを実現し、漁業者の安全と操業効率の向上を目指しています。
また、「漁業/水産/海業求人ポータル・人材バンク」は、人手不足が深刻化する水産業界において、全国から人材を呼び込むためのマッチングプラットフォームです。
さらに、「海の”見える化”・海況データ共有基盤の取組み」では、水温や潮流などの海況情報をリアルタイムで漁業者間に共有し、効率的な漁場選定や操業計画の立案を支援します。
加えて、「魚市場における、計数・入札処理のデジタル化」による鮮度維持と物流範囲の拡大、「漁獲から流通・加工までの一貫したデータ連携」による水産物のトレーサビリティ確保など、水産業のバリューチェーン全体をデジタルで変革する構想となっています。
敢えて全国に先駆けてこれだけ広範な取り組みを進めている背景を教えてください。
菅原市長:本市の提案は多岐にわたり、最終的にはまちづくりや町の性格にまで及ぶ壮大なものです。私は漁業を生業とする家に生まれ、常に大きな壁となっていたのが「不確実性」です。魚が獲れるか、値段がわからない、自分では決められない。この不確実性を小さくする決め手がデジタル化です。
わかりやすい例として、今気仙沼港に来ているカツオ漁船もサンマ漁船も、みんな衛星画像の水温図を見て操業計画を立てています。漁場から港までの所要時間も瞬時に計算でき、経験やデータが可視化され、記録もされるようになっています。流通の各段階でもデジタルを活用できると考えています。
佐藤氏:社会課題を水産業の中に感じてこられたからこそ、いち早く取り組みを発想されたのですね。
菅原市長:これからその業界に入ってくる人たちに対して、水産業は体力仕事だけではなく、東京のオフィスでやっていることも含めた仕事なのだと示す必要があります。水産業がどう見えるかということにも注力していかなければならないと思います。
佐藤氏:人に着目された観点ですね。DXを進める際に、自治体だけ動いて地域を巻き込めていないケースも見ますが、気仙沼市の強みは官民連携体制なのではないでしょうか。
菅原市長:私たちは大震災で、住民の皆さんと膝を突き合わせなければ物が進まない経験をしました。行政も市民も移住者も一緒になってまちづくりをしていく。その取り組みが共感の上に成り立っていたり、エキサイティングであったりということを創っていくことが大事です。
【気仙沼市が開催した水産DX EXPOについて】

水産DX EXPO会場の様子
気仙沼市が主催する「水産DX EXPO」は、2025年10月30日に気仙沼市中央公民館で開催された。水産庁の「デジタル水産業戦略拠点」として進めてきた水産DXの取組を共有し、水産業の現場とデジタル技術を結びつけることを目的としたイベントである。官民一体で推進してきた水産DXの知見や関係性を、具体的な形で示す場として企画された。
当日は、市外から約25社の水産DX関連事業者が出展し、市内の漁業者や水産事業者を中心に約370人が参加した。洋上通信や医療支援、海況データの活用、流通のデジタル化、人材確保など、水産業の各工程に関わる技術や取組が紹介され、講演会と展示会を通じて、参加者が事業者と直接対話する機会が設けられた。
本EXPOは、市内事業者のデジタル理解を促すとともに、市外事業者が水産現場の実情を把握する場となった。懇親会を含む交流を通じて、今後の連携や人材交流につながる関係づくりの土台が形成され、水産DXを継続的に実装していくための起点として位置付けられている。
佐藤氏:気仙沼市における、市民生活のデジタル化についての取組状況はいかがですか。
菅原市長:高齢化率が41%になっており、市民生活のデジタル化は広げづらい状況にあります。しかし「デジタル利用が難しい人たちがいる」と諦めるのではなく、「難しい人たちをどう助けるか」とみんなに思ってもらいたい。そのためには我々自治体の意思がはっきりしないといけません。
佐藤氏:「難しい人たちをどう助けるか」という視点は、デジタルデバイド対策の本質を突いています。水産DXの一分野として、水産と観光や教育との連携も進められていますね。
菅原市長:いわゆる「海業」が注目されています。本市の海業への取り組みは、漁港区域の施設利用にとどまらず、気仙沼全体を海業のフィールドと感じさせる仕掛けをしていくことで進めています。
佐藤氏:市民からのデジタルや新しいチャレンジに対する評価はいかがでしょうか。
菅原市長:水産業界の方々は、デジタルの必要性や、それを整備し活用したものが業界をリードしていくということは実感として感じていると思います。
佐藤氏:特に洋上の医療など命に係わるデジタルや漁獲量に直結するデジタルは、仕事や生活のあり方を大きく変えていきそうですね。
菅原市長:時代の流れとして獲り放題の漁業はもう終わっており、資源管理型でなくてはいけません。楽に獲れれば体も休まり、職業としての見られ方が変わっていきます。
目指すは、水産デジタルのシリコンバレー

佐藤氏:今後の展望についてお聞かせください。昨年10月に水産DX EXPOを開催されるなど、先進自治体として水産DXを引っ張っていかれる活動もスタートされていますね。
菅原市長:水産DX EXPOは思っていた以上に注目されました。全国から若い方たちが参加され、今後も続けられれば、気仙沼に水産関係のデジタル事業所が集積し、ここに来ると何かがわかる、何かが起こるというものの芽生えになるのではないかと期待しています。
できれば最終的には、水産に関わるデジタルの技術を持った事業所が気仙沼に拠点を構え、「水産デジタルのシリコンバレー」を目指したい。気仙沼には水産の各分野が揃っています。その強みを生かすことが大事です。
佐藤氏:弱点を克服するのではなく、誰よりも強い分野にデジタルを掛け合わせるという発想が、気仙沼ならではの独自性を生み出していますね。
菅原市長:地方においてデジタルで都会と同じことができても、それって結局都会になるだけです。私たちは地方の良さをかみしめて住むということを発信していきたい。雉の鳴き声で春を知る。窓を開けたときに鹿がいる。草の匂いがする。親しく話せる人が沢山いる。そういう暮らしぶりを大切にしていくことが重要です。
海を感じながら、季節によって異なる魚種の水揚げが見られるなど、感性への刺激が沢山あり食文化も豊かです。それが気仙沼の風土なのです。
佐藤氏:本日は貴重なお話をありがとうございました。震災からの復興を通じて培われた「人との縁」を大切にする姿勢と、水産業という地域の強みにデジタルを掛け合わせる戦略は、全国の自治体にとって大きな示唆を与えるものだと感じました。気仙沼ならではの風土や暮らしの豊かさを守りながら進める「らしさ」のあるまちづくりに、今後も注目してまいります。