【日本セキュリティ大賞2025サミット&アワード パネルディスカッションレポート】3つの自治体が突破した「壁」とは。

【日本セキュリティ大賞2025サミット&アワード パネルディスカッションレポート】3つの自治体が突破した「壁」とは。

日本セキュリティ大賞は、優れたセキュリティガバナンス、運用プロセス、人材育成の仕組みといった組織全体の取り組みを評価するアワードである。2025年11月13日シダックスカルチャーホール(東京都渋谷)にて行われた本イベントでは、アワードの表彰に加え、集まったファイナリストたちによるパネルディスカッションが行われた。

全4部門のうち「セキュリティ対策・運用部門(行政機関)」のファイナリストとなった、広島県大崎上島町、舞鶴市、横須賀市は、それぞれ独自の発想と方法で行政DXの現場での数ある「壁」を突破した。 「「その「壁」、こう突破しました。― 前例・予算・知識の壁を越えた、現場からの挑戦 ―」と題した本パネルディスカッションでは、3自治体の担当者が登壇し、それぞれの信念やユニークな発想を紹介し、現場で変革を目指してきたリアルなストーリーを共有した。

本パネルディスカッションの登壇者、各自治体の取り組みは以下のとおり。

【内藤 潤三氏(広島県大崎上島町)】

自治体のクラウドシフトとゼロトラスト

従来の境界型防御から脱却し、業務端末をインターネット接続主体とするβ’モデルへ移行。LGWAN等も保護するためオンプレミスでZTNAを導入し、県のクラウドやMicrosoft 365も活用して、利便性と安全性を両立した業務環境を構築した。

【太田 耕平氏(神奈川県横須賀市)】

お悩み相談チャットボット “ニャンぺい”の公開実験

生成AIのセキュリティ懸念を逆手に取り、AIチャットボットの不適切な回答を職員や市民から報告してもらう「ホワイトハッカーコンテスト」を実施。AI活用の実践的な知見を収集し、ノウハウの蓄積や人材育成に繋げている。

【吉崎 豊氏(舞鶴市)】

GoogleWorkspaceとChromebookで実現する「日本一働きやすい市役所」への挑戦

「日本一働きやすい市役所」を目指し、Google WorkspaceとChromebookを導入してゼロトラストモデルへ移行。場所を問わない安全な業務環境を整備し、テレワーク推進や事業継続性を向上させ、働き方そのものを変革した。

新たな発想のもと進められた各自治体のセキュリティ対策

各自治体の取り組みは、三者三様のユニークな発想と信念のもと行われた。

広島県大崎上島町ではたった2名の職員で、自治体のクラウドシフトと庁内ネットワークのゼロトラスト化に挑んだ。内藤氏はまず初めに、「もし予算や人員が無限にあれば、本当にやりたいことは何だろう」ともう一人の職員に投げかけた。「できないだろう」「無理」といった固定観念を持たずに議論を進めていくと、役場のセキュリティ対策を強化したいという出発点から、自治体ネットワークに加え、マイナンバー系・LGWAN系のゼロトラスト化も実現したいという理想が浮かんできた。さらに議論の過程で見えたのは、「自分たちはあくまでも行政職員であり、ゼロトラストの知識がない」ということであり、本当の「壁」は自分たちであるという気付きであった。そこでさまざまな業者からの意見を集め、競争入札を実現し、ゼロトラスト環境を構築していった。

内藤氏によると、あえて「夢や理想から始める」ことで、そこからひとつずつ段階を下げていくと、本当に守りたいものは何か、何を諦めればよいのか、を明確化することができたとのこと。最終的に、クラウドシフトとゼロトラストの達成にかかった費用は想定予算を大きく下回った。「理想から入ることは常識外れではなく、王道だと思っている」と内藤氏は力強く述べた。

一方、起こりうる懸念を逆手にとり、生成AIの導入を進めたのは神奈川県横須賀市。行政窓口で実用化することを目的とした、お悩み相談チャットボット“ニャンぺい”の開発を進めていた横須賀市では、開発したチャットボットの検証段階で、市役所職員に実際にチャットボットを使ってもらい、確認作業を依頼しようとした。しかし日々忙しい職員に煩わしく思われることは目に見えていた。そこで太田氏は庁内でチャットボットから失言を引き出すコンテスト「ホワイトハッカーコンテスト」を企画。失言を多く引き出した職員には賞品が授与され、役所全体で発表されるという、まるで文化祭のような企画であったが、実際に100件ものチャットボットの失言を集めることに成功した。さらに、“ニャンぺい”を全国に公開し、このチャットボットが未完成であることを公表したうえで、開発への協力を募った結果、全国から多くの失言報告が届いた。収集した失言サンプルをもとにチャットボットの改善が進められた。

このアプローチは、生成AIの弱点といわれるハルシネーション(失言)を前提としてとらえ、その不完全性を逆手にとった発想である。横須賀市は「変化を受け入れてチャレンジを続けていく」という長期的ビジョンを掲げており、現役市長を筆頭にこの考えが庁内で共有されていると太田氏は語る。失敗を許容しそこから学ぶという、まるでスタートアップ企業のような考えのもと、チャットボット開発から市民サービスの向上までが達成された好事例である。

舞鶴市が掲げたのは「日本一働きやすい市役所」を目指すことだった。「働きやすさ」をDXプロジェクトに落とし込むには、それまでの3層分離ネットワークの境界型防御だけでは限界だと感じたという。そこで職員の事務環境をGoogle WorkspaceとChromebookに刷新し、新しいクラウド環境を実現させた。PCそのものをChromeBookに置き換えたことで可用性が大きく前進し、さらにGoogle Workspaceの感覚的な使い心地の良さやコラボレーション力、Geminiの活用などが相互に作用し、仕事のOSそのものが置き換わったほどのインパクトがあった。

この大きな環境の変化に対して、もちろん現場には混乱が生じたが、少し慣れてくると、「次はこれをどうやって使いこなそうかな」と考える様子が見られるようになった。吉崎氏は業務環境の改善により「すべての職員に翼を授ける」ことが実現できたと述べた。さらに若くエネルギッシュな市長の理解を得られ、デジタル化の大号令をかけてもらえたことも大きかったという。職場環境の変化により生じた現場の混乱に対しては、吉崎氏は難しさを抱える職員のもとに可能な限り自ら積極的に関わっていき、課題解決に向けて一緒に取り組んだ。

イベントの最後には、日本セキュリティ大賞2025 各部門の表彰式が行われた。本パネルディスカッションに登壇した3自治体がファイナリストとして選出された、「セキュリティ対策・運用部門(行政機関)」の大賞には、お悩み相談チャットボット“ニャンぺい”の神奈川県横須賀市が選ばれた。生成AIの導入を「市民サービス向上」の観点まで昇華させ、市民と共に課題を検証する取り組みが高く評価された。

広島県大崎上島町は、職員が主体となってゼロトラスト環境を構築した点が評価ポイントとなり奨励賞を受賞。続いて舞鶴市は奨励賞を受賞し、行政情報の安全性と職員の利便性を両立させた点が評価された。

前例・予算・知識など行政DXにはさまざまな壁が立ちはだかっているが、今回ファイナリストとして登壇した3自治体は、それぞれの「発想の転換」によって現場を阻む「壁」を突破した。課題を感じているDX推進担当者や情報システム部門担当者にとって、思考の転換のきっかけとなるパネルディスカッションとなった。