福島県大熊町「学び舎 ゆめの森」のデジタル活用から考える、子どもの“好き”を伸ばす教育[インタビュー]

福島県大熊町「学び舎 ゆめの森」のデジタル活用から考える、子どもの“好き”を伸ばす教育[インタビュー]

今を乗り越えることさえ大変な学校現場において、未来を見据えて動き出したのが福島県大熊町の「学び舎 ゆめの森」だ。「哲学する学び舎」を神髄に、方法論ではなく、なぜこれをするのか目的を見定め、子どもの主体性に委ねる。かといって、独りよがりではない。「『わたし』を大事にし、『あなた』を大事にし、みんなで未来を紡ぎ出す」がビジョンだ。
図書館を中心に、外に開かれた校舎設計。図書館システム「ELCIELO(エルシエロ)」の導入。大熊町立「学び舎 ゆめの森」副校長の増子啓信さんに、これからの教育のかたちについて伺った。

(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴 史子)

―人にしかできない部分を強化するために

今日のこころの色、今の気持ちを表す言葉なんかをキーワードに検索すると、それに合うぴったりの本が出てくる。人と人が出会うように、子どもと本を結びつけるマッチングアプリができないかーーー。
増子さんが、京セラコミュニケーションシステム株式会社の図書館システム「ELCIELO(エルシエロ)」を見つけ、大熊町の教育理念、新校舎「学び舎 ゆめの森」の構想を前提に書きながら問い合わせたところ、30分も経たないうちに、社長より命を受けた社員の方から電話がかかってきたという。

中央に図書空間があるゆめの森は、学校全体がまるで図書館のような雰囲気。授業も図書システムも、人が担うところとデジタルが担うところを分けようと考えた、と増子さんは話す。「例えば授業では、丸つけや適切な問題出しなどはAIに任せ、教員は子どもたちが問題を解いているそばで、様子や仕草を見取る。その子の頭の中でどんなことが起きているのかを考えながら、声をかけるのか、ちょっと待ってみるのか判断する。人にしかできない部分こそ、教員の仕事ではないかと考えていました」
図書館においても、蔵書管理はデジタル化し、本当に司書が必要とされる場面で動けるようになるのではと、ELCIELOの採用に至った。

子どもたちが借りたい本を見つけ、タブレットでバーコードを読み込めば、貸し出しに登録される。司書がいなくても借りたいときに借りられる。返す時は返却ボックスに戻すだけ。探している本のタイトルを検索すれば、どこにあるか確認することもできる。「読書記録にも紐づいているので、この子はこんな傾向の本を読んでいると分かれば、もしかしたら司書の働きで、好きなジャンルや、時にはあえて違うジャンルも勧められるかもしれない。とても意味があると思っています」

将来的には、仮想本棚のようにビジュアル化できないかと希望を伝えている。図書館は地域に開放しているが、まだ利用者はほとんどいない。もし仮想本棚が実現すれば、どの本棚にどんな本が並んでいるか一目瞭然なので、より借りやすくなり、館内で大人が読書する姿が見られるようになるかもしれない。「子どもたちにとっても刺激になると期待しています」

―「こんな教育をしたい」から生まれたかたち

腰掛けて本を読める場所が多数設置されている

大熊町は以前より「読書の町おおくま」をうたい、本に親しむ環境を大切にしてきた。町の教育理念は「温故創新」。昔のものをしっかりと受け継ぎ、そのDNAを大切にしながら、新しいものを創造していく。図書館を学校の中心に据えるのは必然だった、と増子さんは話す。さらに、「未来の子どもたちの姿を考えた時、変化の激しい世の中を生きていくためにどのような学びが必要なのか、設計業者ととことん話し合いました。南側に窓があり、廊下の脇に四角い教室が並んでいるような学校の標準設計を一旦取り払って、本当に子供たちにとって楽しい学校、学び続けられる学校ってどんな学校なんだろうと、考えた先にできたのがこのかたちなんです」と続ける。

認定こども園、義務教育学校、預かり保育、学童保育を一体にした“シームレス”なかたちにも、同じ思いがある。「学年で区切るというのは、あくまでも大人の都合。言われたことを言われた通りにきちんとできる人間を育てるのは、高度成長期の体制だと思うんです。その時代はそれで良かったと思うのですが、これからは一人ひとりが自分の特性を伸ばして輝く社会にしていかないと、立ち行かなくなるんじゃないか。学年で区切ると、先に行きたい子、なかなかついていけない子が、同じ枠にはまって生きづらくなってしまうのではないか。そう考えると、シームレスには大きな意味があります」

「学び舎 ゆめの森」の中庭

ゆめの森では、3年生と5年生が肩を組んで歩いている光景も見られるそうだ。学年が違う子どもたちが、同じ課題に向き合うこともある。「そうした姿を見ていると、学年という発達段階ではなく、その子どうしの発達段階で子どもたちは結びつくんだなと感じます。だから、前の学校になじめなかった子も、元気に登校できてるんじゃないかと思っています」

2019年に日本で初めてイエナプラン教育を取り入れた大日向小学校(長野県佐久穂町)には、毎回違う教員たちを連れて何度も視察に出かけた。哲学者・教育学者である苫野一徳氏の著書「『学校』をつくり直す」にも影響を受けた。「本の中に、『ゆるやかな協働性に支えられた個別最適な学び』と言う言葉があります。隣同士でどうなの?と言い合いながらゆるやかに協働しつつ、それぞれが自分のやることをきちんと学んでいる環境が必要なのではと考えました」
設計業者と話し合いを重ね、同じようなコンセプトとかたちを持つ軽井沢風越学園(長野県軽井沢町)にも設計業者は見学に訪れ、基本設計を進めていった。

もちろん、学年、クラスはあり、学級担任もいるのだが、3年生からは教科担任制に重きを置き、それぞれの子どもの目標をもとに、自分のペースで、自分に合った方法で、教科内容の学びを進める“自由進度”を大切にしている。例えば、単元の最初にまずテストを実施し、その結果をもとにそれぞれの目当てを立てて学習に入っていくため、12時間が必要な単元でも7、8時間で終了する子どももいる。残りは、それぞれの探究時間に当てられる。「ここでもデジタルの力は大きいです。1年生から9年生までの単元が入ったデジタル教材を使っているので、6年生で中学3年生までの社会科の学習内容が終わっている子もいたりします。逆に、地図記号が分からないという場合には、6年生から3年生に戻って学習する子もいます」
意外と子どもは自分で考え決めて動き出すものだと、教員側もその姿から手応えを感じているそうだ。

―デジタルは新しい読書のかたちにも寄与する

「学び舎 ゆめの森」副校長の増子啓信さん

保護者からの評判も上々だが、一方で、テストの点数はどうなのか、という見方もあると思う、と増子さんは言う。「保護者の方にはやはり一番の応援団であってほしいので、楽しさと成績と、どちらにも応えられるようにしていきたいと考えています」

ただし、自分で問いを持つ力を大事にして、一人ひとりの“好き”を伸ばす教育をしていきたい、と続ける。「知識の量は、ともすれば検索から得られるかもしれない。これから必要なのは、解のない問いに対して、正解を選ぶことが難しくても、その時点での最適解を選んでいく力。それを時間とともにアップデートしていける力を、育んでいければと思いますね。そうして元気に学校に行く姿を見られれば、きっと応援してくださると信じています」

また、本好きかどうかは、育ってきた環境に左右される部分が大きい。「本が好きな子は放っておいてもしょっちゅう読みます。苦手だったり、活字が嫌いな子に強制はしたくないんです。そうすると、ELCIELOのオーディオブックが役割を果たすのではと思っています。ちょっとした隙間時間に聞けるし、読むのでなくても、書を楽しむ“楽書”のような、新しい読書のかたちでないでしょうか」

マッチングアプリの構想も魅力的だ。いつか開発されたら、ぜひ使ってみたいと思う。