北見市及川 慎太郎氏、都城市佐藤 泰格氏が語る、窓口業務改革の本質[インタビュー]【前編】

北見市及川 慎太郎氏、都城市佐藤 泰格氏が語る、窓口業務改革の本質[インタビュー]【前編】

写真:北見市 市民環境部 窓口課 若手職員のみなさん

自治体DXを推進している全国の自治体職員の間では、ある領域で突出した能力を持つ人、あるいは伝説的な実績をあげている人のことを、尊敬の念を込めて“変態”と呼ぶ慣習があると聞く。

そして、窓口業務改革の領域において、関係者の誰もが口を揃えて“変態”と呼ぶのが、北見市役所の及川 慎太郎氏(北見市 総務部職員課 人材育成担当課長)だ。

北見市といえば、窓口業務改革と独自の窓口システム開発で全国的に知られている。そのノウハウは窓口の現場職員の手により今もアップデートされ続け、全国の自治体から視察が続き、これを見習った各地の自治体においてもノウハウの共有や蓄積の輪が進められて、全国の窓口業務改革の密かな礎となっている。もはや「北見モデル」と言って差し支えないだろうこのプロジェクトを推進したキーパーソンのひとりが、及川氏である。

今回は、都城市 総合政策部 デジタル統括課 副課長 佐藤 泰格氏にインタビュアーとして協力をいただき、及川氏がこれまで窓口業務改革を推進してきた想いや考え方、そして窓口業務改革に関わる通説についてのご意見などを伺った。

本インタビューは、前編と後編二回に分けてお届けする。

取材日:2025年4月18日

(聞き手:デジタル行政 編集部 野下 智之)

二人のエキスパートが語る、窓口業務改革の本質

写真右:北見市 総務部職員課 人材育成担当課長 及川 慎太郎氏

同左:都城市 総合政策部 デジタル統括課 副課長 佐藤 泰格氏

佐藤氏:せっかく北海道まで来たので、及川さんには、今日は普段しゃべっていないことを、“及川慎太郎個人の意見として”しゃべっていただきたいと思っています。

及川氏:よろしくお願いします。普通の地方公務員です。最近は職員課で人材育成の分野を担当しています。

佐藤氏:実は私も及川さんと同じ昭和54年生まれの同じ歳なのですよ。私が及川さんとお会いしたのは、平成30年の夏に東京で開催された窓口改革のセミナーでしたね。この頃はまだ窓口DXという言葉はなく、私は都城市の庁舎レイアウト変更と業務改善をテーマにしたセミナーで登壇していました。元船橋市で、現在デジタル庁にいらっしゃる千葉大右さんも登壇されていましたね。

及川氏:もう7年も前になりますね。佐藤さんとはそのとき以降は特に交流も無く、「南のほうに変態な公務員がいるなあ」と思って見ていました。(笑)

佐藤氏:及川さんはそのずっと前から窓口の業務改革を志されていて、北見市は着実に窓口業務のやり方を進化させていた。窓口システムも独自に開発して、業務ノウハウもずっと発信していた。それがデジタル庁の窓口DXプロジェクトにも繋がっている。いまや全国の自治体が目指していますね。

及川氏:北見の窓口業務は、歴代の職員が「ありたい姿」をずっと考え続けて、ひとつひとつカタチにしてきたものです。分野としては、90年代、2000年代と各地で続いてきた、いわゆる総合窓口やワンストップ窓口の系譜にあると思います。自治体の業務の範囲はそれほど違いはないので、どう効率的に運用するかという実装、やり方の違いの話になってきます。

○北見市役所の窓口サービス改善の取組経過

https://www.city.kitami.lg.jp/administration/town/detail.php?content=7237

何を変えるのか

佐藤氏:北見のやり方を倣った都城市でも、以前は引っ越しシーズンの窓口における平均待ち時間は3時間だったのが、令和6年度は平均45分にまで短縮されました。これはシステムを導入したことだけではなく、1年間窓口業務改革に継続してみんなで取り組んできたことの成果であると感じています。

及川氏:窓口DXはシステムを導入すればできると思われがちですが、それだけでは達成できません。業務を変えることに意味があります。職員の受付の仕方や事務処理の仕方などについて、手順を一つひとつ洗い出しして見直していくことなのですが、やみくもに直せばよいのかというとそうではなく、システムやデータで確認できるもの、人的にチェックをするもの、自動化するもの、ワンストップに集約化するもの、職員の役割分担などを、すべて意味のあるやり方に整理して組み直していく道のりです。その過程をやるかやらないかで効果が大きく変わります。鹿児島市の引越しシーズンの窓口がものすごい時間短縮を達成したのも、鹿児島市の現場職員がたくさんの工夫を詰め込んだからと聞いています。

佐藤氏:現状を是とせずに、一つひとつの作業を、あたかも部品を分解し、改めて組み立てていくことですよね。

及川氏:まずは関係者みんなでゴールの絵を描く。そこに全体の大きな流れを定義して、その流れの中で、細かいところをどう処理していくかを確認していく。今までの手順の意味は何であったのかを法制度などと照らし合わせて一つずつ分解して、確認項目はどうするのかなどを、職員で話し合って決めていきます。職員それぞれがそれぞれのやり方でやっていたことが、全て見直しです。

佐藤氏:例えば説明一つとっても、大手ファーストフードやカフェチェーンなどでの接客の会話は標準化されていますよね。ところが役所の窓口では、対応する職員によって説明する内容や深さが違ってしまっている。できるだけ皆の説明を標準化して効率化を目指していくと、一人一人の回転が速くなります。窓口の住民対応が短くなると、住民も喜びますが、同時に裏側で職員も楽になります。民間の接客はよく参考にしています。

及川氏:先日、「窓口業務改革 これだけはやっておこうリスト」を作成したら、見出しだけで500行くらいになってしまいました。取り組み項目は尽きませんね。

全国の自治体で共有、広がり続けるノウハウ

佐藤氏:自治体からの視察を積極的に受け入れられているのも、北見市の特徴だと思います。全国から凄い視察の数ですよね。1回の視察で来る人数も多いので、地域への経済効果も大きそうですね。

及川氏:日経BPの「全国自治体・視察件数ランキング2023」では65件で5位、「(同)2024」は67件で10位だったそうです。本州からですとみなさん遠くから飛行機で来ているわけで、ありがたい限りです。

佐藤氏:これから取り組む自治体にとっては、各地に生まれた先行自治体の実際の現場を、職員に目の当たりにして考え方をチェンジしてもらうというのも、プロジェクトを進めていくうえでの一つの突破口ですね。特に窓口業務改革は関係する部署が多いので、大人数で幅広い部署に見てもらうのが望ましいですよね。

及川氏:まさに「百聞は一見に如かず」ですね。イメージできないものは実現できないですし、逆に実現できると強くイメージできれば物事は進む。資料を読んでも結局分からないと言っていた人たちが、現地に足を運んで、実際にものを見て、それが今まで自分たちが悩んでいたことと合致して、「これだ!」という閃きとともに帰っていく。外の世界を見ることには大きな意味があります。そして自分の自治体に戻ってから、本当の戦いが始まる。

佐藤氏:なるほど。公務員も変わらなければ続かない時代になってきていることを実感します。今までで、本当に変わったなと感じた自治体はどこかありますか?

及川氏:浜松市の職員のリアクションは面白かったですね。北見市に視察に来た際には「人口規模が11万人の北見市のやり方が、人口79万人の浜松市に当てはまると思いますか?」と質問攻めだった。浜松市は30年前から総合窓口を実施していて、課題感を持ちながら運用していたので、それだけ本気だったということですね。リアルな変革のイメージを持ち帰ったら、わずか1年で市内全区の総合窓口の業務スタイルを変えちゃった。51か所の支所も含めて1年で。

佐藤氏:そういう意味では私も、視察はデジタル部門の職員ではなくて、窓口の現場職員が見たほうが効果ありますよ、とアドバイスしています。

及川氏:浜松市役所は「やらまいか精神」(※やってみようじゃないか、やろうじゃないかの意)が合言葉ということで、DXに関してマインドメーカーとなる職員を庁内各所に上手に増やして、いろいろな改革に取り組んでいるそうです。

佐藤氏:浜松市はデジタル庁の窓口BPRアドバイザーを何人も輩出されていますし、鹿児島市も改革の結果を自治体向けに積極的に発信している。この分野では、改革に取り組んだ自治体がそのノウハウを他の自治体へ伝えて、それが輪になって次につながっていくという流れがありますね。窓口業務改革は、人材育成にもものすごく役に立つと思います。

及川氏:そうですね、役に立つと思います。それに視察の受け入れも、対応する若手職員の人材育成につながっていると思います。自分の言葉で説明する機会ですから。

佐藤氏:人が育ち、そして自らの視点で改善を重ねているということですね。

及川氏:自分の裁量で物事を変えられる経験は必ず力になります。北見市の窓口現場でも新しい課題を発見しては解決策の実装を繰り返している。現状を何とかしなければという想いで日々頑張っている職員が、いろいろな部署にたくさんいることを感じています。

佐藤氏:窓口DXに取り組みたいけれどもなかなか一歩が踏み出せない自治体は、やはりまずはアナログの窓口業務改善から始めてみて、仕事を変えるという感覚を持つということがスタートラインですね。特に窓口部門は非常に重要な仕事を担っているにも関わらず、自治体という組織においては主役になりきれてこなかったですが、まさに窓口部門が主人公となり、チャレンジ文化が生まれていく素晴らしい取組だと思います。

及川氏:窓口の現場では、手続き案内などの情報をチェックシートに整理してみるだけでも相当な効果が出るものです。窓口で応対している住民からダイレクトにリアクションとして返ってくるので、面白い仕事だと聞いてます。

佐藤氏:都城市でも月に2回、各2時間をかけて、市民課、行革を担う総合政策課、デジタル統括課で改革に関する協議を2時間設けています。あ、そのメンバーでチャットツールのルームを作っているのですが、アイコンは及川さんの写真ですよ。(笑)

及川氏:・・・。

北見市 総務部職員課 人材育成担当課長 及川 慎太郎氏

法律とITの知見は課題解決の基礎として大事

佐藤氏:及川さんの根っこの部分についてお聞きしたいと思いますが、学生時代に学んだことと、市役所に入ってからのキャリアについて教えてください。

及川氏:学生時代は法学部でした。市役所に就職したときは、市がいったいどのような仕事をしているのか実はほとんどわかってなかったです。覚えなきゃならないことがたくさんあると気づいたので、むしろ市役所に入ってからのほうがたくさん勉強したかもしれません。ちなみに、市役所に入って最初の仕事は「プログラミングを覚えてください。」でした。「え?」ですよね。(笑)

佐藤氏:市役所あるあるですね。

及川氏:最初に配属されたのがいわゆる「情シス部門」なのですが、当時は多くの自治体で基幹の業務システムを、職員が自作や改修しながら運用していたのです。なので、情シス担当者は、システムの知識と自治体の業務の知識、両方を習得する必要がありました。市役所内の色々な部署に出入りして、打ち合わせして、システムに反映する。とにかく業務が回り続けられるように仕事をしていました。上司からはよく「原課に行って。目で見て確認して。」と言われたものです。(※注:原課=役所の中での業務の所管課のこと)

色々な部署に足を運んで課題を聞いていると、解決するには基礎となる業務の知識や法律の知識が、効率的な事務処理として成立させるためにはデータベースやシステムの知識が必要とわかりました。やっているうちに、だんだん課題解決に結び付くようになってきました。

佐藤氏:かつての情シス担当は、すごく知識と技術が求められましたね。探求心があって、自分を磨いている人が多かった印象があります。

及川氏:上の年代の方には馴染みがある言葉と思いますが、私も「コボラー」でした。(※注:COBOLというプログラム言語でプログラミングしていた人のこと。)次々登場する制度改正に対応するために業務システムを直したり作ったり、スリリングで面白かったです。当時データベースをいじっていた人たちの財産は、今も少なからず自治体業務を支えていると思いますし、各地で業務改革をリードしている人たちの中にも、いにしえの匠コボラーは混ざっていると思います。

佐藤氏:プログラミングも無駄を排して最短距離で対応することが求められますので、窓口業務改革との相性はとても良いのかもしれませんね。あとは、法律を知っているかが実は業務改革の成否に大きく影響を与えますよね。業務改革を進めるうえでは事務処理のルールを変えなければならないときがありますが、「知っているからこそ変えられる」というのが北見市、そして及川さんの強さなのではないかと思います。都城市でも窓口業務改革チームには、法制に詳しいメンバーに加わってもらっています。自治体はどうしても条例や規則を変えることに二の足を踏みがちですが、ルールを変えるとなった際に、各課に説明するときに最終的には理屈が重要になると思っています。

及川氏:コボラーを卒業した後は、職員課、総務課などを経験する中で、2011年頃から窓口の庁内横断的なプロジェクトに携わりました。

自分の頭で考えて何かを実現する-北見市が育んだ職場風土

都城市 総合政策部 デジタル統括課 副課長 佐藤 泰格氏

佐藤氏:北見市の窓口業務改革はずっと全国的に注目されていますし、及川さん以外の次世代のメンバーも、講演や講師などどんどんオモテに出てきています。ここも少し深堀してみたく、北見市の職場環境や雰囲気について、お聞かせください。若手が代わる代わるどんどん出てきている印象がありますよね。

及川氏:自治体は財政も人員も厳しいですので、色々と工夫しなくてはならない。少ない人数でどのように仕事を回していくのか、窓口のプロジェクトも当時から若手の職員を中心に色々な作戦を考えては、仕組みや価値観を変えることに取り組んでいました。最近は、北見市役所も役者が揃ってきていると感じています。自治体も頑張っています。最近は40代の課長職が多くなっています。

佐藤氏:40代の課長職が多いというのは全国でも珍しいのではないでしょうか。及川さんも私と同じ年ですが、課長職3年目ですものね。都城市では私の年齢で課長職になっている職員はこれまでいません。若いうちに幹部のポジションでチャンスを得られるという環境は、人材育成や組織活性化の観点から非常に意義深いと思いますし、だからこそデジタルの時代に対応して変革を進められていると思います。若手も上長が若い方が働きやすそうです。

及川氏:私が当時、窓口のプロジェクトに力を入れて取り組んでこれたのは、好きで実現したいと思ったからです。何か皆さんの中で実現したいと思うことがあれば、それはやったらいいと思います。

佐藤氏:北見市に及川さんがおっしゃるような風土が生まれているとすると、北見市役所で働くのが楽しそうと公務員志望者から思ってもらえるような気がしますね。

及川氏:いろいろな困難はありますが、自分の頭で考えて実現していくことが求められています。ご興味のある方は採用試験にぜひご応募を・・・!

佐藤氏:自治体職員が、転職で自治体間を移動することがあり得るようになり、チャレンジ精神がある自治体が選ばれつつあると感じています。そのような視点で見ても、前例踏襲を打破し続けている北見市は魅力のある就職先かもしれませんね。出張も多そうですね。

及川氏:講演や講師ができるレベルになった若手職員たちは、出張してますね。

佐藤氏:都城市では、窓口業務改革チームに法制を経験した担当者が2名いることが、窓口業務改革の推進に繋がっています。及川さんのキャリアは、プログラミングからスタートされたということですが、特に窓口に関わり始めたきっかけはどのようなことからでしょうか。

及川氏:2010年頃まで遡ります。窓口の手続きを簡素化したいという想いを持った職員に誘われて、Microsoft Accessでシステムを自作して、税の窓口で試行錯誤しながら運用を始めました。市が保有するデータを活用して申請書を作る仕組みでしたので、今で言うところの「書かない窓口」ですね。それを市役所の中で横展開する際の困難さで、プロジェクト運営も学びました。業務のあり方をずっと考え続けていくと、自治体の窓口業務では色々な行政手続きが複雑に絡み合っていることによる非効率が沢山あり、その合間を縫ってつないでいくと、効率化が出来る道筋のようなものが見えてきました。

佐藤氏:先ほど北見市は管理職が若くチャレンジできる風土があるとおっしゃっていましたが、新しいことを始めるときは、上司の理解や最初の投資にかかるトップの理解が必要ですよね。特に窓口業務改革という概念がまだ全国的には薄かった時代に、特に新しいシステム開発にまで、コストをかけてまで立ち上げる時には、周りからの抵抗はなかったのでしょうか。

及川氏:10年くらい前、初期の頃は、本当に予算をかけるべきかということで、実は2年くらい足踏み状態でした。なので、自作システムやお金をかけずにできることからアナログ業務改善を進めてきました。その後、新たなやり方で窓口業務を運用するためには基盤としてIT投資が必要と、上層部の人たちが決断してくれました。今から考えるとなかなかチャレンジングなことなのですが、職員が業務上本当に必要な機能を考えて、窓口システムの開発まで実現した。これまで多くの職員、事業者さんをはじめ、携わった人たちがひとつのカタチにしてきたと思います。

佐藤氏:窓口の系譜と言いますか、受け継がれていますよね。新たに開発した窓口システムの運用開始はいつからでしたか?

及川氏:2016年から運用しています。システムは地域のIT事業者に委託して開発したもので、他自治体に導入されると北見市にもシステムの著作権使用料が入る仕組みにしています。最近では、デジタル庁の窓口DXSaaSにも採用され、全国60近くの自治体で稼働していると聞いています。

佐藤氏:もう60自治体ですか、驚異のペースだと思います。

及川氏:「手続きチェックシート」などのアナログツールも、各地の自治体に取り入れられているのを目にしますね。

後編に続く