被災者支援 AIは「災害時にエンジニアができること」の最適解。ボランティアだからこそ実現したDXの取り組み[インタビュー]

被災者支援 AIは「災害時にエンジニアができること」の最適解。ボランティアだからこそ実現したDXの取り組み[インタビュー]

2024 年1月1日、石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6の巨大地震が発生し、多数の犠牲者を出したことは記憶に新しく、未だ断水が続く地域や避難生活を余儀なくされている人も多い。住宅被害も多く、全壊・半壊・一部損壊は石川県全域にわたっている。そんな中、帰省で富山を訪れていた一般社団法人デジタル田園都市国家構想応援団事務局のAIエンジニア、村井宗明氏が地元富山市のIT企業NanNaru(ナンナル)と共に、地震の翌日、無料で使える被災者支援 AIをリリースした。今回は元文部科学大臣政務官で東武トップツアーズCDOも務める村井宗明氏にお話を伺った。

(聞き手:デジタル行政 加納奈穂)

2024 年1月1日に発生した能登半島地震の直後、被災者支援 AI の開発や利用方法の記事を公開されております。実施に至る経緯や背景についてお聞かせください。

まず、私が富山県民であって、帰省していたということが一番大きな要因です。初詣の最中に被災しました。
護国神社というところで柱があって上に屋根だけあるところで上がミシミシしだしたから「これはやばいぞ」と。
実家の被害はほとんどなかったのですが、テレビでは「すぐに逃げてください」「津波が来るから逃げてください」と放送していて。1日はその後ずっとテレビ見ていただけなのですが、2日の日に「何かやろう」と。
富山市のIT企業NanNaru(ナンナル)さんと親しくさせて頂いているので彼女たちも呼び「自分たちがやらないと誰がやる」と。東京のIT企業などは通常1月5日から仕事開始が多いですし、その後社内の稟議を通して何かを開発するようでは遅すぎると。自分たちなら今富山にいてすぐ開発に入れると。NanNaruさんは姉弟で経営されている小規模な会社なので小回りもききます。大手企業が入札してから契約して制作するようでは数か月かかってしまうこともありますからね。そういった背景もあり、すぐに開発に取りかかることになりました。2日のお昼から開発を始め、当日の夜には公開しました。

私は東日本大震災の年に衆議院災害対策特別委員会委員長を務めており、災害時に被災者からの問い合わせで役所の電話がパンクすることをよく知っております。
日本の被災者支援制度は決して薄くないのですが、約100種類もの制度があり、「知らないから使えない」といった状況があります。「家が壊れた」「道路が壊れている」「学校に行けない」などすごく細かく色々な制度が存在します。自治体の職員や担当者もそれらすべてを暗記することは不可能に近いですが、それぞれの被災者支援制度をちゃんと教えるシステムがあればみんなが申請できます。ですので、新しく支援制度を提案するより既にあるものを使えるようすることこそ、我々エンジニアがすべきことではないかと考えました。

被災者支援 AI

災害発生からわずか数日で本取り組みを実施されています。どういった反響が寄せられているのでしょうか。

すぐに新聞やテレビ、富山県のご当地アイドルや国会議員の方が取り上げて下さり、1月末時点で30,000PVほどになりました。富山県庁のHPからはバナーも張られております。今回の被災者支援 AIはとにかく早くリリースしないと役に立たないと考えていたので、たくさんの方に拡散にご協力いただけたことはありがたかったです。

今回制作された被災者支援 AIは他の自治体にも展開されるのでしょうか。

依頼を受けて制作したものではないので、現段階では展開しておりません。
ただ、各自治体が保有しているデータを取り入れることができれば、それぞれに特化した最高の被災者支援 AIをリリースできると考えています。住民の方の利便性もより高まりますからね。

今回発生した能登半島地震のような有事の際、被災者は AI をどのような形で役立てることができるのでしょうか。

「ホームページは見ないがLINEは見る」という方が多いため、日頃から各自治体はLINEアカウントを開設しておくことが強みになるのではないでしょうか。LINEはプッシュ通知の機能もあり、有事の際はお知らせを見てもらいやすくなります。ボランティアや民間の二次避難所の情報、ペットを飼っていらっしゃる方に向けた避難所情報なども入れるとよいですね。有事の際だけでなく、日頃から各自治体がそれぞれ専用のAIを用意し、運用していくことが大切だと思います。「何を学習させるか」が肝です。各自治体に特化した情報を学習したAIであればきめ細やかな対応も可能になりますから。ただ、LINEアカウントの運用も含め自治体の案件は入札で実施されており、期間終了後のフォロー体制などは工夫が必要ですね。今回の被災者支援 AIは自治体が管轄しているのではなく、あくまでボランティアで行ったことだからこそ迅速に実施できた側面もあります。自治体が管理するアカウントをつかって制作するとなると、先にお話しした通り入札から制作までに数か月かかってしまうこともありますので。

直近では富山県魚津市で自治体が住民向け提供する日本初の試みとして市役所の手続きの不明点や疑問点について情報を提供するChatGPT「ミラChat」のトライアルを開始しています。こういった事例が全国に広まり、行政サービスがより便利になっていけばと思っています。
魚津市の例が画期的だと感じたのはこれまでのサービスに多かった分岐型ではなく自由記述式であることです。自由記述で実施することによりどういった質問が多いのか等のデータが蓄積され、それに対応した情報をAIに学習させることができます。

山形県西川町で配布されているタブレットにも町民用ChatGPTが搭載されており、魚津市に続く全国2つ目の導入事例として注目しています。
これからの時代はすべて人が対応するのではなく、一定パターンの8割はAI、残り2割を人が対応する、という風になっていくと考えています。労働人口が減少し、人材は不足する中、能登半島地震のような災害が発生した際、自治体職員が電話対応に追われ、本来の災害対応の業務に集中できないといった事態は絶対に避けるべきだと思います。AI時代には行政のデジタル化は必須です。

また、行政がAIを活用する際、どういった「APIを選択するのか」が非常に重要だと考えております。行政が提供するサービスの回答が誤った情報であってはいけないですし、誤った情報を返すくらいであれば「わかりません」と答え必要があります。AIには生成APIと検索APIがあり、長文の要約や分かりやすい文章を提供に長けている生成APIが主流です。検索APIは一番近いものを選んできて答えるので、例えばわかりづらい行政文書も要約を行わずそのまま出してきます。今回の被災者支援 AIは読みやすさや分かりやすさではなく「間違いがないこと」を優先し、検索APIを使うという判断をしています。行政ではあえて主流ではない検索APIを選ぶという選択もありかもしれないですね。

デジタル田園都市国家構想応援団では災害・防災×DX で他にもなんらかのお取り組みを検討されているのでしょうか。構想がございましたらお聞かせください。

先程のお話にもつながってくるのですが、行政向けには検索APIを活用することにより、住民向けサービスとしてリリースできるのではないかと考えております。住民向けに開放することには慎重な自治体が多いですが、要約やわかりやすい言葉にすることで間違えるリスクがある生成APIではなく、検索APIなら自治体のWEBサイトに掲載されている情報をそのままの形で答えてくれるので。掲載されていない情報に対しての質問には「わかりません」と答えるので、情報の正誤性に対する議論は不要です。

もう一つは音声入力に対応したChatGPTを提供すること。パソコンからの文字入力に不慣れであったり、持っていなかったりする高齢者の方が、スマートフォンからフリックで文字入力したり漢字変換するというのは考えづらいですが、スマートフォンで電話をかけられるということは機種にマイクが搭載されています。音声認識でChatGPTに入力できるようにしたいですね。
電話応対をAIで行う「AIコール」も考えております。現状よくある自動応答で選択肢をプッシュしていく分岐式ではなく、しゃべったことに対して直接音声で回答してくれるものを想定しています。昔は専業主婦の方が多かったので自治体の電話対応は平日の日中がよかったのかもしれないですが、今は共働きが多く、役所が開いている時間内電話をするのが難しい状況です。もちろんお年寄りなど電話文化の方もいらっしゃるので人が対応する電話窓口も必要ですが、AIコールでの住民対応を365日24時間実施し、AIが回答できないものだけを昼間に人が対応という形になれば、公務員の働き方も変わってくるのではないでしょうか。

他にも観光マップとハザードマップ・避難所マップをミルフィール状に重ねていけるような自治体のデジタルマップや、自治体アプリでゴミの分別情報などを専門知識のない自治体職員の方でも簡単に更新できるようなスプレッドシート連携アプリも考えています。AIはエンジニアが必須だとしても、アプリは誰でも作れるようになるといいなと。DXには「HDX」と「SDX」の2つがあると考えているのです。
HDXはハイコスト・ハイスペック、SDXはスリムコスト・スピーディー。災害の際はSDXであるべきですからね。
必要に応じて選択できるのがあるべき姿ではないでしょうか。