社会人口増で注目される北海道安平町。「あびらチャンネル」からさらに進むデジタル化の現状と未来[インタビュー]

社会人口増で注目される北海道安平町。「あびらチャンネル」からさらに進むデジタル化の現状と未来[インタビュー]

新千歳空港から車で約20分、苫小牧港から車で約30分の場所に位置する安平町。基幹産業は農業で、全国で初めてチーズ専門工場ができた酪農の草分けとしても知られる。町内にはゴルフ場、キャンプ場などがあり、四季を通じてアクティビティを楽しむ施設が充実している。昨今では、全国で5自治体が選定された日本ユニセフ協会の「子どもにやさしいまちづくり」実践自治体として、子育てと教育を柱としたまちづくりを展開。子育て世代からの移住問い合わせや移住定住者の増加が顕著だという。デジタル推進は、新型コロナウイルス感染拡大を機に急速に進んだが、それ以前から取り組みは始まっていた。安平町役場 政策推進課政策推進グループ 課長補佐の木村誠さんと、総務課情報グループの塩月達也さんに、町が進むべき姿について伺った。

(聞き手:デジタル行政 編集部 手柴 史子)

エリア放送「あびらチャンネル」のメリットとは

安平町役場 総務課参事(一般社団法人あびら観光協会事務局派遣)の木村誠さん(左)と、総務課情報グループ主幹の塩月達也さん(右)

デジタル・トランスフォーメーション(DX)という言葉が出る前から、デジタル化を推進していた、と塩月さんは話す。自治体では紙の広報紙が一般的だが、映像を使ったデジタル技術を活用した情報発信も並行して進めていこうと、2014年度に「あびらチャンネル」を開局。「当初は町の職員が直営で番組制作を行っていましたが、現在は、取材や編集など番組制作の一部を、町内に拠点をおき地域で事業展開をしている町内のまちづくり会社に担ってもらっています」(塩月さん)

最初は内製で動画制作を行っていたが、限界があった。職員の異動も考慮すると、地域と接点がある企業に依頼するのが行政にとってベストの選択だと考えているという。ハード整備の部分では、事例がなかなかなく、さまざまな自治体を視察研究した。「例えば、商店街の一部を放送地域にするなどスポット的に実施されているところはあるのですが、自治体全体をカバーするエリア放送の例はなかなかありませんでした。事例が少ない中、エリア放送だけにとらわれず、ケーブルテレビをはじめとした映像を活用した情報発信を先駆的に取り組まれているところを参考にしました」
エリア放送は他の自治体からの注目度も高いが、特に北海道は広いので、実現に至るには敷居が高いのでは、と塩月さんは続ける。

学校をはじめとする地域のイベントや行事も放送されており、「今、小学校に通っているお子さんがいない高齢者の方からは、観れてうれしいという声を頂いています。また、子どもたちは、自分や友だちが映っているだけで喜んでくれているようで、私の子どもはテレビにかじりついて見ていることもあります。さまざまな世代にとって、町のできごとが自分ごとになっているのではないでしょうか」
一部の不感地域はあるものの、基本的にテレビを所有している全世帯が対象。不感地域ではインターネットで視聴できる仕組みになっている。

とはいえ、あびらチャンネル導入の当初の目的は、災害時の情報伝達手段の多重化という部分がもっとも大きかった。「屋外にはラッパ型無線がありますが、エリアが広いので届かない可能性も考えられます。2018年の北海道胆振東部地震の際にはすでに開局していたので、避難所や炊き出し、生活物資配布場所の情報、被災者の住まい情報についてなど、膨大な情報を、常時発信し続けることができました。これがチャンネルの本来の趣旨だと実感しました」と木村さん。
一方で、平時利用の意味も大きい。前述したイベントや行事だけでなく、地域の人や産業にフォーカスした番組も制作されており、「普段見ることができない町民や地域について知ることで、町の愛着度向上につながっていくのではと期待しています」(木村さん)

あびらチャンネルで展開される「あびらのできごと」

町長の理解と国のサポートが後押しに

光回線未整備地域が多かったため、2020年からは総務省の高度無線環境整備推進事業を活用して、光回線の整備にも力を入れた。「YouTubeなどのオンデマンドサービスが普及し、企業もインターネットを使った業務効率化やICT(Information and Communication Technology)推進を当たり前のように実施している中、インフラが必要だという声を頂いていました。とはいえ、自治体と民間企業だけではなかなか進めることができないという現状があったのですが、国の補助金で実現することができました」(塩月さん)
デジタル化推進にあたっては町長の理解が大きかった、と塩月さんは強調する。「デジタル化推進にあたっては、企画立案の段階からご理解頂いています」

国のデジタル田園都市国家構想も大きく影響している。総務省の自治体DX推進計画を踏まえた上で、安平町デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画の策定や関連事業を積極的に進めている。「デジタル田園都市国家構想交付金デジタル実装タイプTYPE1という優良事例の横展開支援もあり、地方としては、実情に応じたデジタル推進を行うことができるようになったと感じています。今年度においても『あびらデジタル行政サービス』という形で事業を実施しているところです」(塩月さん)

デジタル化にまつわる課題

職員からは、ついていくのが大変という意見が届く一方、使いやすいものには高評価がつく。「説明会を実施したり、一緒に操作したりしながら、皆さんの苦にならないように、不安を取りのぞきながら都度対応しています」
最近よく利用されているのが、コミュニケーションツールの一つとして取り入れた「LINEWORKS」。それまでスケジュールは庁舎内のパソコンからしか確認できなかったが、外部からも見ることができるようになり、仕事がしやすくなったと好感触のようだ。

総務課情報グループは、防災、広報、デジタルを担当。6名が在籍し、デジタル関連には約2名のリソースが割かれているという。政策推進課政策推進グループは、まちづくりをどう進めていくかという総合計画に加え、移住や企業誘致に携わっている。「政策的な観点でデジタル部門と連携するほか、ベンチャーやスタートアップ、デジタル系企業などが地方へのサテライトオフィス進出を検討されることもあるので、そうした企業をつないだりもしています」(木村さん)

少しでも便利になるようにとデジタル技術を使ったサービスを提供しているが、住民にいかに活用してもらうかが大切。「高齢の方だとスマートフォンを使うのが難しいという方もいらっしゃいますが、どうしても一定の知識や操作技術が必要になります。より快適にサービスを利用してもらえるよう、デジタルリテラシーの向上を目指したいと思っています。そのために、学習機会をどう提供するべきなのかを模索しているところです」
これまでも、高齢者向けのスマートフォン教室や、子供向けのデジタル体験教室、大人向けのホームページ制作講座などを開催してきた。ただ、教室形式だとその場限りになるため、リスキリング事業のように1か月、半年、2年といった長期スパンで学習できるプログラムを考えていくという。また、地域ICTクラブで異なる世代がデジタルに親しめるコミュニティスペースを作ることも検討している。

限られた人的資源をデジタルで補う

今後は、LINEを使ったスマホ市役所システムの導入を予定している。「スマホ市役所システムというのは、AIを活用したチャットボット機能、セグメントされたメッセージ配信、行政手続き、アンケート、通報システム、ゴミのリマインドなどまで、総合的に提供してくれる仕組みです。うちの場合はスマホ町役場システムになりますが」(塩月さん)

テレワークは、検証を兼ねて試験運用している段階だ。地方公共団体向けに無償で開放されているテレワークシステムを利用し、町長と一部の職員にて運用している。「利便性やどのような場面で使うべきなのかを確認している最中です」(塩月さん)
さまざまな事情のなか、どうしても出勤することが難しく、仕事をしなければいけない場面で使われることもあるという。とはいえ、公務員のテレワークは敷居が高いと塩月さんは感じている。「スタッフの数が限られている中で、どう行政サービスを維持提供していくのかを考えていく必要があります。人的資源の有効活用というところでは欠かせない技術だなとは思っているので、来年度は、公務員特有のセキュリティポリシー、ワークライフバランス、休暇との折り合いを模索しながら、本格導入に向けてアップーデートしていきたいと思っています」

高齢者にも移住者にもやさしいデジタル環境を目指して

「自然×IT×本物に触れる」をコンセプトに掲げる認定子ども園

移住に関しては、デジタル化が寄与しているというよりも、教育や子育てをしやすい町として認識されている部分が大きい。2022年の社会増減(転入数と転出数の差)はプラス15名、2023年はプラス91名と、移住者の増加が目立つ。「2023年に限っていえば、自然増減(死亡数と出生数の差)がマイナス94名だったので、人口全体で見てもマイナス3でほぼ横ばいでした。隣の苫小牧市や千歳市からの移住者の割合が多いのですが、ここ2年くらいは、本州からの移住やお問い合わせが増えているという感触です」(木村さん)

注目されているのは、民間法人が運営する2つの認定子ども園「はやきた子ども園」「おいわけ子ども園」と、町立の「早来学園」である。早来学園は小学校中学校一貫の義務教育学校として、2023年4月に開校した。「主に若年層や子育て世代の方々に、子育て環境や、学びの環境に関心を持って頂いていると感じます。さまざまな「学び」から「挑戦」につなげる独自の教育手法『あびら教育プラン』では、学校外での活動も含めて多様な事業を展開しています」

早来学園の大アリーナ

しかし、社会人口が増加しているとはいえ、人口構成のボリュームゾーンは高齢者。「単純に人を増やすというより、人口構成比を逆三角形から少しでも三角形に戻していきたいというのが町の考え方なので、そのためにもさらに子育てや教育環境の魅力化を進めていきたいですね」(木村さん)

それぞれの世代に合わせたデジタル化は簡単なことではないが、高齢者にはあびらチャンネルを通して、若い世代にはコンビニ交付やスマホ市役所システム、デジタルに不慣れな人にはリスキリング事業など、デジタルを身近に感じてもらえる施策をこれからも続けていく。
「社会人口が増加しつつあるのはうれしいことですが、都会で暮らしていた方々は、地方に来ても都市部と遜色ないサービスを求めると考えています。高齢者の方だけをターゲットにすればスマホ市役所システムは有効ではないかもしれませんが、システムを使える世代に対しては便利なもの。そうした見極めをしつつ、適切な行政サービスを目指していきたいです」と塩月さんは締め括った。