【シリーズ 医療MaaS】青森市立浪岡病院、フィリップス・ジャパン「あおもりヘルステックセンター」ー前編ー[インタビュー]

【シリーズ 医療MaaS】青森市立浪岡病院、フィリップス・ジャパン「あおもりヘルステックセンター」ー前編ー[インタビュー]

2019年2月、青森県青森市とフィリップス・ジャパンは「ヘルステックを核とした健康まちづくり連携協定」を締結した。青森県は平均寿命が最も短い都道府県として知られており、医療費の増加や医療資源の偏在など、多くの医療課題を抱える。一方で、取り組みの中心となる青森市浪岡地区は、高齢化率・人口密度が全国の市区町村の中央値に近く、ここでの成功は全国に普及するモデルになると考えた。サービスの拠点は2021年5月に建て替え工事を行い、装いを新たにした青森市立浪岡病院(以下、浪岡病院)。院内に「あおもりヘルステックセンター」を設置し、日々住民と向き合う。ここでは一体どのようなサービスが展開されているのだろうか。同病院地域医療連携チーム田澤賢氏、岸谷宙氏に話を聞いた。


(聞き手:デジタル行政 編集部 横山 優二)

遠隔技術を活用し、2つの予防医療サービスを展開

――「あおもりヘルステックセンター」ではどのような取り組みが行われているのでしょうか?

田澤氏:当センターでは、現在2つの新しい取り組みを行っています。1つは在宅患者や一人暮らしの高齢者等を対象として、看護師が遠隔で見守りサービスを行う「IoTを活用したみまもりサービス」。もう1つは近隣の生活圏内さまざまな場所に車両で訪問し、ヘルスチェックを実施する「モビリティを活用した予防サービス」です。これらはフィリップス・ジャパン様をはじめとした「あおもりヘルステックコンソーシアム」に参画する企業との連携により実現しています。

――「IoTを活用したみまもりサービス」では具体的にどのようなことを行っているのでしょうか?

見守りを行う看護師。
オンラインだからこそ、困ったら複数人で相談しながら対応ができる。

田澤氏:ご家族の介護に不安を抱えている方、疾患を抱え日常生活に不安を持つ方など、希望する市民に対して浪岡病院の看護師が近隣の訪問看護ステーション様の協力を得ながら24時間遠隔で見守りを行います。

電力センサーで在宅状況を把握し、床センサーからはトイレの使用状況がわかるようになっています。また、ベッドセンサーからは離床状況に加えて、脈拍や睡眠状態が測定できるため、異常があればすぐにわかる仕組みです。

異常があった場合には、手元の電話機からすぐにご家庭へ連絡することができます。しかし、システムがアラートを示しても通り一辺倒の対応をするわけではありません。ベッドセンサーから離床の表示があった場合、寝たきりの方であれば注意しなければいけませんが、そうでない方の場合には日常生活動作の範囲となります。仮に寝たきりの方の場合でも、訪問した介護士が意図して起こしている場合もあります。各看護師は自身が受け持つ利用者の家庭環境を把握し、状況に合わせて対応を行っています。

――利用者の方々からはどのような声が届いてますか?

田澤氏:ご本人やご家族からは「24時間体制で見守りされていることで安心感を得られる」と好意的なご意見をいただいています。また看護師やケアマネの方々からは負担軽減になるとのご意見をいただいています。

ある利用者様のトイレの利用時間が一時的に長くなったことがございました。しかし、ご本人は認知症を患っておられるため、ご自身のことも十分には説明できない状態。ご家族に利用時間のことをお伝えし、確認していただくと数日前に転倒していたことがわかりました。大事には至りませんでしたが、それが治療の契機となり「教えてくれなかったらわからなかった」と感謝をいただいたことがあります。こうした経験を通して、当サービスの大切さを改めて感じることができました。

――「モビリティを活用した予防サービス」はどのようなお取り組みでしょうか?

田澤氏:体組成計、体温計、血圧計などを搭載した専用車両で近隣の公民館や福祉センターを訪問し、車内でヘルスチェックを行います。結果は「結果シート」としてその場で印刷され、ご本人にお渡しします。事前予約は不要で、料金も無料です。新型コロナウイルス感染症の影響から一時は実施が難しい時期がありましたが、20年度には83名、21年度には224名に参加いただき、徐々に地域に浸透してきていると感じています。

地域医療を支える砦、浪岡病院の挑戦

本メディアではこれまでも複数の医療MaaSプロジェクトを取り上げてきた(伊那市「モバイルクリニック事業」、MRT、MONET Technologies「オンデマンド医療MaaS」など)。これら取り組みで行われた医療MaaSは医療機器を搭載した車両で患者宅を訪問し、そこからオンライン診療を実施する形態だった。同じ医療MaaSでも浪岡病院で実施されているサービスはガラリと違う。前者は主に病気にかかった後の疾患管理にアプローチする手段であるのに対して、浪岡病院では予防にアプローチしていることがわかる。このような形態の医療MaaSを実践しているのは日本で唯一浪岡病院のみ。前例のない状態から市民が参加できる形になるまでには多大な苦労があったことは想像するに難くない。そうしたステージを経て今、現場からはどのような景色が見えているのか。

――どのような方にヘルスチェックを受けていただきたい、というイメージはお持ちでしょうか?

岸谷氏:計画段階ではフレイル予防を目的として65~74歳、生活習慣病予防を目的として40~64歳の方々に受けていただきたいと考えていました。しかし、実際に運用を始めると計画とのギャップがでてきました。

想定よりも75歳以上の利用者様が多く、すでに高血圧や糖尿病などの慢性疾患を抱えていたり、フレイルの状態にある利用者様もいらっしゃいました。逆に40~64歳の方々は勤務時間にあたる平日の参加が難しいため、どうしても参加率が低くなってしまいました。また、青森市はリンゴ農家など第1次産業従事者が多い地域です。夏季は繁忙期にあたるため、開催しても参加が見込めないこともわかってきました。大型商業施設や「青森市りんごセンター」※へ訪問するなど、より参加していただきやすい方法を現在検討しております。

※青森市立りんごセンター・・・貯蔵や選果により、りんごの流通や品質管理をする施設

コンソーシアムの協力企業のであるカゴメ㈱から提供された「ベジチェック」。手のひらのセンサーに当てるだけで野菜摂取の充足度を測定することができる。浪岡病院では「モビリティを活用した予防サービス」での使用に加え、院内の栄養指導にも利用される。

――今、各地で医療MaaSの事業や実証実験は増えています。なぜ、注目が集まっているのでしょうか?

岸谷氏:特に地方では人口減少や高齢化が深刻になっています。その影響で老人慢性疾患を抱える患者様、自力で通院が困難な患者様が増加するなど、疾患構造や医療アクセシビリティにも大きな変化が起こっています。こうした課題に対応するために、オンライン診療など、これまでにないソリューションが求められるようになりました。今後、新しい技術への期待を背景に医療MaaSにますます注目が集まり、他地域にも普及すると考えています。

普及のために重要なのはネットワークの構築です。当プロジェクトは、青森市や「あおもりヘルステックコンソーシアム」参画企業の皆様にご協力いただくことができました。それにより住民の皆様からの信頼も大きくなり、安心して参加いただけたと感じています。市民参加を促進するためには講演やイベントなどのPR活動が欠かせません。今後も市や企業の皆様と連携しながら輪を広げていきたいと思います。

――浪岡病院は今後、地域医療でどのような役割を果たしていくのでしょうか?

岸谷氏:当プロジェクトに関して、報道機関の皆様、ヘルスケア産業の皆様、地方自治体の皆様に関心を寄せていただき、大変光栄に感じています。浪岡病院は浪岡地区の地域医療の砦として、救急医療、訪問診療や訪問看護、新型コロナウイルス感染症対策に力を入れてまいりました。さらに今後は、当プロジェクトを通して健康寿命延伸に向けたサービスを提供し、地域に貢献していきたいと思います。

後編に続く