地域事業者の自立を促す新たな挑戦
新潟県三条市が目指すふるさと納税“卒業”戦略とは?【インタビュー】

新潟県の中央部に位置する三条市は、江戸時代から続く金属加工の技術が息づく「ものづくりのまち」として知られている。また近年はその技術力を背景に、アウトドア用品の製造が盛んになり「アウトドアのまち」としても注目を集めている。
そんな三条市は、ふるさと納税においても地域の魅力を最大限に生かした戦略を展開し、令和6年度の寄附金額は約45.19億円、寄附件数は約19万3000件と、過去2番目の数字を記録した。本記事では、経済部 営業戦略室 ふるさと納税推進担当の滝沢主査にインタビュー。三条市のふるさと納税戦略、将来展望についてお話を伺った。
(聞き手:デジタル行政 町田貢輝)
返礼品数は3000品超え
付き合う事業者は200者以上
新潟県三条市は、6名の職員でふるさと納税業務を行っている。ふるさと納税には税務関連業務やシティプロモーションも含まれるため、6人ともそれらの業務を兼任する形で対応している。滝沢主査はふるさと納税推進担当として今年で4年目を迎えた。
三条市がふるさと納税で大切にしていることは、品質の良い製品や農産物を全国に届け、三条市の知名度アップとブランドを確立すること。
そのため、寄附金額の目標は設定せず、また品数も上限は設けていない。地場産品基準を満たし、三条産品として事業者の方が自信をもっている製品であれば、返礼品として採用している。
「その結果、返礼品数は令和6年度の1年間で約650品増え、掲載件数は3000品(令和7年6月1日現在)を超えています」と滝沢主査は笑う。
三条市はふるさと納税の事務全般を外部に委託せず庁内で行っている。新規返礼品をふるさと納税サイトに追加する作業も同様で、約3,000ページ以上(650×サイト数)の追加作業を行ったそうだ。
「サイトの管理をはじめ、ふるさと納税にはさまざまな業務があるため大変です」と、滝沢主査は説明するが、庁内でふるさと納税業務の大部分を行う体制は、三条市の大きな強みになっている。
「直営体制のため、事業者と密な連携が取れるのは大きなメリットだと考えています。三条市は中小企業が多い地域であり、かつ社長同士の横のつながりも強いです。よく笑い話として話すのですが、私の担当している方が『○○の社長さんがふるさと納税に協力したいって言っているのだけど、滝沢さんのこと教えてもいい?』と言われたので『いいですよ』と返したところ、その5分後に○○の社長さんから電話が掛かってきました。人と人とのつながりでふるさと納税の輪が広がることは、三条市の魅力をPRしたい我々としても大歓迎ですので、今後もお互いに顔が見える関係は続けていきたいですね」と語る。
現在、三条市では200者以上の事業者と協力し、地域の魅力を最大限に引き出す返礼品を開発している。





普段使いしたい逸品からキャンプギアまで。金物返礼品の多さは三条市ならではの特徴だ。
手探りでスタートした直営体制
三条市がふるさと納税に力を入れ始めたのは、令和2年度に就任した滝沢亮市長の影響も大きい。
滝沢主査は「燕三条を形成する燕市さんが、金物等を返礼品とすることで大きな成果を挙げていました。そのため『三条市にも大きなポテンシャルはある』と市長は見込んでいたのでしょう」と語る。
市長は、ふるさと納税を通じて三条市の魅力を発信するために、令和3年度にチーフマーケティングオフィサー(CMO)という役職を設け、ビズリーチで公募を開始。同年、元Netflixの澤正史氏を採用(2024年退職)。澤CMOがリードし、職員が必死に食らいつきながら、ふるさと納税業務に取り組んだ。
「澤CMOが就任してから、まもなくして現在の直営体制に移行したのですが、最初は澤CMOと私でサイトの構築や改善等、さまざまな業務を手探りでやっていました」と当時を振り返る。
努力の甲斐あって、三条市のふるさと納税寄附額は令和2年度の約7.2億円から、令和3年度は約15億円、令和4年度は50億円を突破、申込件数も令和2年度の約2.4万件から、令和4年度は10倍となる約20万件と劇的な成長を見せた。
しかしその一方で、増える寄附者の対応に事務側は大きな負担を強いられたという。
「当時は、税務課がふるさと納税業務を担当していたのですが、ワンストップ特例制度の事務処理と税務課の繁忙期が重なった際は、にっちもさっちも行かない状況に追い込まれました。そのため、ワンストップ特例制度は外部に委託、令和4年度からはコールセンター業務も外部にお願いするなどの対策を行いました」
ふるさと納税システムとコールセンター業務は同じ事業者に委託し、一元化を図ることで寄附者情報の管理、問い合わせ対応等をスムーズに行えるようになった結果、事務作業の負担が軽減。職員がPR業務、返礼品開発、事業者とのやり取りなど、より戦略的な業務に集中できる環境を整えられたことで、クラウドファンディング型ふるさと納税の実施など、新たな施策のアイデアも実行に移せたそうだ。

信濃川の川岸に市民から要望の多かった「シャワー室」を作るプロジェクトを
クラウドファンディング型ふるさと納税で実施した。
「機能性」、「手の取りやすさ」、「憧れのブランド」が武器
事業者連携によるリピーター戦略
三条市のふるさと納税で特徴的なのが返礼品のカテゴリーだ。多くの自治体の主流は食品だが、三条市では非食品が8割以上を占めている。特に人気なのは、キッチン用品とアウトドア用品だ。
「キッチン用品に関しては、”機能性”、“手の取りやすさ”を意識しています。アウトドア用品に関しては『Snow Peak』や『CAPTAIN STAG』をはじめとする三条市で創業した有名ブランドの製品を用意しています。」
これらの返礼品は、品質の高さとデザイン性の良さで人気を集めている。燕三条地域の金属加工技術を生かした包丁やフライパンなどのキッチンツールはプロの料理人からも評価が高い。
アウトドア用品に関しても、燕三条地域の技術力が生かされ、キャンプ愛好家から“憧れのブランド”として支持されているのはもちろんのこと「このメーカーが三条市にあるとは知らなかった」という声も多く聞かれ「アウトドアのまち」としての認知度向上にも貢献している。
三条市ではリピーターを増やすための施策も積極的に行っている。
キッチン用品では、鍋のサイズを変えるなどの返礼品のバリエーションを増やすと共に、既存の製品と組み合わせることで、さらに便利な使い方ができるかなどを、事業者と話し合っているそうだ。
さらに、Snow Peakが運営するキャンプ場での手ぶらキャンプ体験や市内で使えるレストラン券など、体験型の返礼品も用意し、三条市を訪れるきっかけをつくり、関係人口の増加にも貢献している。
「体験型の返礼品に関しては、昨年度1000件ほど申込がありました。数は少ないかもしれませんが、間違いなく三条市に来ていただくきっかけになっているので、今後も体験型の返礼品を用意し、まちのファンになってくださる方を増やしていくことが、リピーターの獲得につながると考えています。また、事業者様の方で寄附者に送る返礼品の中に感謝のお手紙や製品の使い方などを同封している方もいます。そういった細かい部分も三条市が寄附者から選ばれる一つの理由だと思います」

金物だけでなく、桃や梨、シャインマスカット、ル レクチェ(西洋なし)の産地でもある三条市。
その美味しさからリピーターも多い。
目指すはふるさと納税からの“卒業”
三条市が描く地域活性化の将来展望
ふるさと納税は、地域事業者の新たな挑戦を後押ししている。
滝沢主査は「BtoC(企業対消費者取引)に取り組む事業者が増えてきたことは大きな変化です」と語る。
BtoB(企業間取引)が中心だった事業者が一般消費者向けの新商品を開発し、ふるさと納税で販路を拡大するケースが増えているのだ。最近は、クラウドファンディングも活用して商品の開発も行うなど、新しいビジネスの足がかりとなっている。
そんな中でも滝沢主査は事業者に対し「ふるさと納税に全力を注ぎ込まないように」と伝えていることを明かす。従来の販路を削ってまでふるさと納税に注力することは、ビジネスとして健全ではないと考えているからだ。
「ふるさと納税で得た知識や利益を、新たな投資や自社のブランディングに活用してもらい、最終的には事業者さんがふるさと納税から“卒業”することが理想です」
三条市が目指すのは、単なる寄附金額の増加ではない。ふるさと納税を通じて地域を活性化し、事業者の成長を後押しすることで、持続可能な地域経済を実現することを目指しているからだ。
「寄附金額の増加ももちろん重要ですが、大事なことは品質の高い三条市の製品をより多くの人に知ってもらい、手に取ってもらうことでブランド価値の向上を図ること。この価値観を事業者さんとも共有しながら、一緒に成長していきたいですね」
三条市は、これからも地域全体の持続的な発展を見据えたふるさと納税戦略に取り組んでいく。
