シニアをICTのリーダーに、木幡浩福島市長が牽引する「高齢者にやさしいデジタル化」と「庁内DX」[インタビュー]
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2022年11月に「福島市デジタル都市宣言」を行った福島市。以降様々な分野においてDX化を推進し2024年6月に日本DX大賞では木幡浩市長自らが「高齢者にやさしいデジタル化から自治体ビジネスまで ~福島市が目指す地域全体のデジタル化~」を発表、行政機関・公的機関部門で優秀賞を獲得している。デジタルと馴染みにくい印象を持たれることが多いシニア層をも巻き込んだ福島市のDXについて木幡浩(こはたひろし)福島市長のお話を伺った。
(聞き手:デジタル行政 野下智之)
高齢者も積極的に活用、地域の根底からデジタル化を進める
-2024年「日本DX大賞」におかれ優秀賞を獲得されました。おめでとうございます。市長自らがプレゼンテーションを行われたことからも、貴市のデジタル化に関する熱い想いが伝わりました。今回日本DX大賞に応募された背景について、お聞かせください。
私自身に応募の意識はなかったのですが、周囲から勧められ、また自分自身が自治体・行政に長く関わっていたこともあり、DXを全国展開するにあたって他自治体の参考となるのではと考え応募しました。
平成29年12月、市長に就任したのですが、庁内はデジタルに対する意識が進んでいるわけではなく、むしろ希薄な状態で、それを改革しながらデジタル化を進めてきた実感があります。何よりも脚光をあびる自治体はDXが部分的に進んでいるところに注目されるケースが多いと思いますが、福島市のように地域の根底からデジタル化を進め、市民全体に機運を醸成するような取り組みに至っている自治体は珍しいのではないでしょうか。
-授賞された高齢者や市職員向けのDXに関するお取組みや事例についてお聞かせください。
これまでも自治体のデジタル化や情報通信に関わってきて感じるのは、一部の関心の高い方や専門的な人材の取り組みに終始する形が多く、地域と乖離しているケースが多いということです。
デジタル化は全体に伝わり浸透してこそ便利になるものと考えているので、高齢者にも恩恵が伝わるよう、高齢者にも積極的に使っていただく形にしなければいけないと思っていました。しかし、たくさんの高齢者を前にデジタルファーストではいけません。
地域全体のデジタル化をするにあたり、コロナ禍をきっかけに高齢者を対象にしたデジタル化の普及も促進しようと、「高齢者にやさしいデジタル化」を大きな理念として掲げました。
まずは高齢者向けスマホ教室を徹底して実施しました。1度聞いただけではスマホを使えるようにはなりませんので、繰り返し使ってもらうことが大切です。ちょっとしたサポートがあれば続けていくことができますが、全て行政でサポートするのは困難です。そういった中、高齢者が高齢者を助ける、高齢者同士で助け合う仕組みを作りたいと思いました。
そこで、デジタルクラブの立ち上げを支援し、高齢者同士で助け合ってもらう取り組みを市内の学習センターで始めました。また、学校教育でデジタル化が進んでいる孫世代の小学生がデジタルの先生となり、高齢者に教えてもらう世代間デジタル交流も始めました。普段は色々教わる立場の小学生が高齢者へ教えることは、子供たちの自信にもつながります。
それだけでなく、高齢者の中にもリーダーを作り自走する形をつくるため、スマホ教室の中でアドバイスができる人材をシニアICT(情報通信技術)サポーターとして登録しました。
今ではシルバー人材センターにもICT班が立ち上がり、ICTに関わる仕事を生業にしている状況です。
具体的な仕事内容は市のレンタサイクルに関する事業です。元々は自転車を無料で貸し出しする形だったのですが、コロナ禍をきっかけにスマホ決済のシェアサイクルに変更したのです。自転車の管理を受託していたシルバー人材センターの方々は、変更により仕事がなくなることを心配していましたが、「仕事は確保する」「新しい取り組みにチャレンジするのであれば応援する」ということで、シルバー人材センターでICT班を立ち上げ、スマホによる登録・決済の指導を行い、覚えてもらいました。
ICT班が立ち上がったことにより「自分たちはICTを仕事にするんだ」という意識が芽生えましたね。例えば、市役所が外部の業者に依頼していたデジタルに関する相談窓口・ふくしまデジタルサポートデスクを週1回はシルバー人材センターのICT班が担当するようになりました。
窓口へ相談に来るのは高齢者が多いので、シルバー人材センターの方だと安心してもらえます。専門用語ではなくわかりやすい言葉で伝えるなど高齢者同士同じ立場で教えるため、好評を得ています。
また、シルバー人材センターICT班に高齢者向けスマホハンドブックを作成してもらい、それを使って老人クラブでスマホ教室を実施しています。

農業分野も高齢化が進み人手不足が深刻なため、農業者と農業で働きたい人を1日単位で結びつける「デイワーク」というアプリを活用しており、ここでもシルバー人材センターICT班に活躍していただいています。市職員もカジュワークプラス職員制度で市内農家での農作業従事が認められ「デイワーク」を使っていますが、「こういう仕事がありますから手伝ってください」という仕事のエントリーが増えない状況にあります。その理由として農業に従事する高齢者にとってエントリーに必要な操作が難しいということがあり、シルバー人材センターICT班に農家の方々を指導してもらっています。
地域の高齢者と庁内の市職員、両軸へのDX推進
-「高齢者向けDX」「市職員向けDX」を推進するに至った背景や経緯についてお聞かせください。
「高齢者向けDX」を進める中で少し支援すれば自分できることは高齢者自身で行ってもらい、教えるという行為も含め、目線が同じ高齢者同士が行うことで生きがいの創出につながることは明らかでした。また、高齢者が高齢者をサポートし自走する形が流行し、実装が広がっていくことは行政の負担軽減にもつながるため、「高齢者向けDX」を推進しています。
「高齢者向けDX」の一番の課題としてあげられるのは「高齢者にどのように浸透させるか」ということ。地域社会でも町内会のデジタル化が進まないとされますが、その原因の一つとして高齢の方が役員をされていることも挙げられます。
この分野においても、コロナ禍をきっかけに電子町内会を立ち上げ、デジタルで活動もしてもらうと、「電子町内会でウェブサイトを作り色々な共有をしたい」という要望が出てきました。
これまで町内会の連絡手段は紙でしたが、ウェブサイトやLINEで行ってもらおうと考え、支援を進めました。
高齢者がデジタルになじむ一番のきっかけはスマホだと思いますが、スマホを使い高齢者向けの行政サービスをより一層広げていくにはどうすべきかを考えています。
地域の人材自体も不足しているため、民生委員による高齢者見守りを行う人も減っています。高齢者宅を実際に見回るのではなく、スマホで民生委員に連絡をしたり、出歩くのが難しい高齢者もスマホでコミュニケーションをとることによって気持ちが高まったり認知症の予防にもつながるのではないかと考え、高齢者に関連する事業でスマホを積極的に使っていきたいと思っております。
「市職員向けDX」については、浸透していなかったこともあり、徐々に組織を作り上げてきました。
まずは意識改革の一環として、就任から2週間で幹部会をペーパーレスにしました。DXを推進している自治体でも市長や部長の資料は紙のままのところも多いですが、福島市では真っ先に部長会をペーパーレスとしました。ゴミの排出量が全国ワーストワンでしたので、その改善のためにも「ペーパーレス大作戦」を実施したという背景もあります。それと並行し、業務改善が進んでいなかったため「ひとり一改善運動」を指示したところ、職員から「かえるチャレンジ」という名の提案を受け、その名称で取り組みました。
「かえる」という言葉には「業務を効率化して早く帰る」という働き方改革のモチベーションも含まれており、そのための有力ツールとしてDXがあると考えています。

-貴市ではデジタル化の支援を行い、BPRを伴う内製化を進め、その成果を他自治体にも展開されておりますが、具体的には何自治体に展開されているのでしょうか。また、どういった内容や成果の展開が多いのでしょうか。
庁内DXを進めるにあたり、当初はなかなか改善案が出てきませんでした。ですが、コロナ給付金業務に関連するデータベースを職員がMicrosoft Accessで作成したところ、非常に便利で役立つことからマスコミに取り上げられ、他の自治体にも横展開する流れとなりました。これによりDXの意識が高まり、「かえるチャレンジ」の取り組みも広がり、内製システムの改善からシステム販売をするまでに至っております。議会答弁作成にかかる業務負担を軽減するため、職員が作成・販売している議会答弁検討システム「答べんりんく(※)」は売り出しから半年で200以上の自治体から引き合いが来ており、既に9団体に購入頂き、年度内には11団体となる見込みです。
(※)福島市の職員が作ったシステムを「株式会社エフコム」がWeb版に開発「株式会社ぎょうせい」が商品化したもの。
「取り組みが取り組みを呼ぶ」形でDXが広がり、新しい試みが自然に生み出される体制づくりがいかに大切なことか、この事例からもわかるかと思います。
担当原課だけでは、業務について理解しているがデジタルについてわからない、逆にデジタルについては知っていても業務がわからない。こういった体制が非常に良くないと考え、令和5年度にデジタル担当の部局に対し主任DX推進員というデジタル化をサポートする人材を配置し連携・取り組む形を整えたところ、加速度的に事例が増え、令和5年度だけで46内製化することができました。

ちなみに令和5年度の「かえるチャレンジ」大賞は後期高齢者医療制度に関する申請書を署名の記載だけで申請できる「書かない窓口」。私が後期高齢者医療広域連合の広域連合長を務めているのでこのシステムを福島県全市町村に配布したところ、16団体はすぐに利用をはじめ、50市町村からは取り入れたいと前向きなご意見を頂き、福島県の84%に広まっています。この取り組みを広域で共有すべく、現場に呼びかけて連携中枢都市圏のなかで取り組んでおり、内製化の方法やノウハウの共有、我々が先行して構築したシステムも必要であれば提供に応じています。
他にも富士フイルムと提携し罹災証明を絡めた被災者支援の仕組みを作ろうとしています。我々は東日本大震災以降も台風や洪水、福島県沖地震などの災害にみまわれ、罹災証明の発行も非常に多く経験することになってしまいました。
罹災証明はニーズが高く、申請・交付はデジタル化されていましたが、調査はアナログなままです。
そんな中「Digi 田甲子園」で内閣総理大臣賞を受賞した富士フイルムの「罹災証明迅速化ソリューション」という素晴らしい仕組みをみて、一連の流れをDXできるのではと考え、協定を結び一緒に開発を考えることになったのです。罹災証明を受ける場合は判定が必要となります。判定には現場でも調査が必要で、我々だけでは罹災証明の判定をDX化できていませんでしたが、富士フイルムには写真で撮影したものを判定・結果を出すところまでシステム化されており、DX化の仕組みがありました。
富士フイルムと協定を結ぶに至るきっかけとなったのは「ふくしま公民連携窓口(公民こねくと)」を通じて提案があったことに始まります。この窓口を設けることで企業側からの「福島と連携したい」という提案を受け、迅速に判断して取り組めるようにしており、他にも高齢者施設でのオンライン診療の実証も実施しているところです。こういった取り組みが他の自治体に広まれば、と考えております。
他にも、福島県はドローンの特区に指定されており「福島イノベーション・コースト構想」の下で「福島ロボットテストフィールド」を中心に実証実験も行われています。
-貴市のデジタル化推進事例において、市民から最も反響を得られ、他自治体への展開が多い事例についてお聞かせください。
デジタルクーポンを出したことですね。
コロナ禍では手上げ方式でクーポン施策を実施しているところが多く、買いたい人はどうぞという形がメインでしたが、福島市は給付金替わりの経済活性化施策としてコロナ禍から実施しておりました。市民全員にプレミアム付きのクーポンを買える権利を差し上げるという仕組みです。元々デジタルではない形でクーポンを実施していましたが、コロナ禍が開けたのでデジタルクーポンとして実施したところ、お店側からは「非常に楽になった」「よかった」という好意的な意見を多く頂きましたが、高齢者から「使いづらい」との悪い反響が寄せられ、全体にデジタルを浸透させることの難しさを知りました。
デジタル施策を行う上で基盤ができていないところがあると感じましたね。
例えば全市民に使いやすいようLINEを活用しようとしても、高齢者がよく使用しているかんたんスマホの場合は制限がかかりブラウザに飛ばす形でないと使えません。セキュリティ強化の中でLINEは非常に使いにくい状態にあり、自分自身でも正直使いづらいと反省がありました。
総務省のデジタル担当と話をしたのですが、国が実施したマイナポイントは多くの電子マネーに移行することができる一方、自治体マイナポイントはそれができない。せっかくの国の共通基盤が自治体では使えないのです。それを自治体でも使わせて欲しいと伝えましたが、やはり難しいですね。決済関係が課題です。
また、電子クーポンを実施した際、20代の利用率が低いという結果がありました。話を聞いてみると手続きが「面倒くさい」と。既存の電子マネーを使っていれば新しくアプリのDLは必要ないのですが、若い世代の中でも電子マネーアプリを使っていない層が、ある程度いることがわかったのでLINEを窓口に展開することとし、市と友だちになることで特典も付与しました。友だちになってもらうとクーポンのお知らせだけではなく継続的なコミュニケーションも図れるようになりますし、色々な機会を通じて間口を広げていく必要があるのでLINEはSNSの中でも便利なツールだと感じています。
-デジタル化を推進する人材および、職員全体のデジタルリテラシーを高める上での取り組みがありましたら、お聞かせください。
人材育成に関しては、市でさまざまな研修を実施し、庁内の実務においては役割分担をしながらトレーニングを行っています。民間企業の人材不足に関しては、デジタル産業を中心に企業を誘致する施策として「福島市デジタル人材バンク」を設置し、市内でデジタルの仕事をしたいという個人・企業とデジタルの課題を抱える市内の中小企業や団体との橋渡しを行っています。「仕事をしたい」とエントリーしていただく方には得意なことも記載してもらい、「何に取り組むべきかわからない」といった企業が自社の課題解決に適した人材を選びやすい仕組みとして提供しました。福島出身で現在は東京に仕事を持っている方にも多く登録頂いていますが、この取り組みをきっかけに地元との繋がりが深まり、移住を考える人が増えることも意識しています。
また、この取り組みで非常に良かったと思っているのは、子育て世代のお母さんが、育児をしながら仕事を始める一歩になっていることにあります。自宅でホームページの制作を請け負うなど、女性の働き方や活躍の一環につながっています。
-貴市が本年度最も注力されるデジタル化に関するお取組みはどういったものでしょうか。
方向性として庁内や高齢者のデジタル化に関しては定着してきていると思っています。特に経済的な面について、地域全体をデジタル化していく取り組みを広げていきたいですね。「DXの仕事をしたい」とシルバー人材センターに登録される高齢者の方も少なくありません。日本は労働力が足りないので、これからは高齢者の方もしっかりと活躍して頂きたいと考えております。
現場がいくら頑張ってもサポートする体制がなければデジタルを推進するのは難しく、トップのコミットメントは必須です。DXには補助金も多くありますが、そういった支援が終了した後も自走する仕組みを作り、デジタル化を浸透させていきたいですね。
-取材を終えて
DX推進は大変な労力を伴うが、中核市という規模において庁内や市内全域にわたるデジタル化が容易でないのは想像に難くない。特に高齢者をDX人材として積極的に活用し、その仕組みが定着・自走している自治体は全国でも珍しいケースではないだろうか。GIGAスクール構想の推進の影響もあり児童がデジタルに明るいことに着目し、小学生が講師となり高齢者に機器の使い方を教える世代間のデジタル交流も、少子高齢化・核家族化が加速する日本でモデル事例ともいうべき取組みだと感じる。
「高齢者にやさしいデジタル化」「自治体ビジネス」に向き合う福島市の動向にこれからも注目していきたい。
(取材日:2024年8月8日)