パナソニックコネクトの「カルチャー改革」から、自治体DXに必要な本質を学ぶ~「2040変革推進研修」組織風土変革・生成AI活用編レポート~

全国から6自治体15名が汐留に集結
2025年2月7日(金)の午後、東京汐留にあるパナソニックコネクト本社で、長寿化の進展による社会構造の大きな変化が生じる2040年問題に対応し自治体存在意義の再構築に向けた変革を目指す「2040変革推進研修」の組織風土変革・生成AI活用編が開催された。本研修には、山形県や徳島県、三重県、兵庫県など遠方を含む6自治体15名の自治体関係者が参集した。自治体が最も忙しくなるこの時期に、本研修の意義へ共感し強い思いから有休を取得し参加した関係者もいたという。
三重県から参加した、明和町 まちづくり戦略課 DX推進係 係長 中谷 嘉宏氏は、「組織風土改革と生成AI活用という2つのテーマにおいて、先進的な取り組みを知り、自治体での今後の施策に役立てたいと思ったため。」と参加理由を語る。
本研修は、同社に併設されているCustomer Experience Center(カスタマーエクスペリエンスセンター)において課題解決に向けた取り組みやカルチャー改革に関する紹介や展示の見学、オフィスツアーを経て、同社取締役 CMO 山口有希子氏、ITデジタル推進本部 シニアマネージャー 向野孔己氏のプレゼン、参加者による意見交換会が行われ、その後は場所を移しての懇親会、といった充実したプログラムにて構成・展開された。
主催したのは、三重県の最高デジタル責任者(CDO)など、多くの自治体や省庁でデジタル政策にまつわる要職を務め、株式会社うるら 代表取締役会長を務める田中淳一氏。田中氏は「DXたのしむコンサルタント」として自治体や事業者が楽しくDXを推進する伴走者として活動しており、参加者は田中氏と共に日頃から庁内のDX推進に取り組む職員も多く、当日は「課題解決のヒントを持ち帰りたい」といった熱量と高い意識を感じる空気が醸成されていた。
以下、研修のハイライトをお届けしたい。
DX推進と「つなぐ」「つながる」ことへの思い
本研修は「私たちもすごく苦労し知恵を絞りながらDXをやっています。DXをするにあたっては企業カルチャーを変えなきゃいけない。大企業病にどうやってチャレンジしているかお話したいと思います。『DXができている』といえるレベルかわかりませんが、チャレンジしていることを赤裸々に共有させていただきながら色々な交流ができて、本日が皆様方にとっていい契機になればと思っております」という山口氏のあいさつからスタート。
カスタマーエクスペリエンスセンターへ場所を移し、同社のパーパスやその実践にあたっての行動方針・コアバリュー、ソリューション、社名に関する思いが紹介された。

事業会社化に伴い誕生したパナソニックコネクト。コネクトには「お客様や社会と繋がることによってイノベーションを起こす」という思いがあり「現場から 社会を動かし 未来へつなぐ」をパーパスとして掲げているという。
「健全なカルチャーがあってこそ企業が組織能力を生かして正しい戦略を実践することができます。カルチャー改革は、従業員が持てる力を十分発揮し、お客様や社会に優れた価値をご提供するための土台作り」と山口氏。
同センターを訪れる企業はカルチャー改革に強い興味を持つといい「カルチャーを変えなければいけない、人的資本経営をしなければいけない、その上でどうやって人を生かすか。どの企業もすごく課題になっている。その状況を踏まえて私たちの取組みについてお話したい」と続けた。
パナソニックコネクト設立にあたり、改めてパーパスは何か・自分たちの事業は何を大切にすべきなのか定義したという。そして「お客様と共創し、お客様とコネクト(Connect)してコラボレーション(Collaboration)、コ・クリエーション(Co-Creation)する。全ておいてCOという言葉がとても重要であり、企業ロゴのCOがつながるデザインが誕生しました」(山口氏)
それを受け主催者の田中氏は「4月から東京都小平市、三重県明和町、山形県大石田町の3自治体では2040年に向けたビジョンを作っていくことが来年度の事業になるため参考になりますね」と関係者に語りかけた。さらに「皆様が思ってらっしゃるビジョンを言葉ですべて出してみて、どういう形が一番ビジョンを表しているか、社内、専門家を含めて考えてみては」と山口氏が続けた。
施設見学では顔認証技術を用いたデジタルIDの将来像にも話が及ぶ。
同社の林氏によると世界では個人のライセンスとしてデジタルIDが進み始めているが、日本ではこれから始まるといった状況だという。
本人確認を確実なものとするために顔認証があり、サービス側に登録されているIDを顔認証によって確認することにより自分自身が「鍵」となる。公的IDがデジタル化されると自分がID(鍵)となるため、例えば運転免許証を持参している人が本人か否かをサービス利用時に紙の申請用紙に記入し窓口に提出、本人と照合するといったプロセスが簡略化されるのだ。
田中氏は「行政機関での手続きは普段の生活において毎日あるわけではない。そのため民間での利活用が進み、個人のデジタルIDへ意識が高まることが大切」と加えた。
今後スマホへのマイナンバーカード搭載が進み、iPhoneのウォレットでは今年春頃より対応が可能になるとされている。デジタルIDの浸透へ、さらに加速が期待できそうだ。
デザインの重要性
現場や物流のDXに関しての取組みや解説を受け、オフィスツアーに進んだ。
フリーアドレスが導入されたオフィスはペーパーレス化も進み、今や300人規模の従業員に対し、コピー機は1台。
社内の案内表示のデザインもおしゃれでセンスが光る。
オフィスづくりにはデザインチームとマーケティングチームが連携し、取り組んだという。
山口氏によると、パナソニックのデザインチームの歴史は長いが、元々はプロダクトデザインであったそう。現在はデザイン改革を行い、オフィスデザイン、コミュニケーションデザイン、ブランドデザインと幅広いデザインをすることにしているとのこと。そして「変革にはマーケティング・デザインの要素はすごく大切。かっこよくきれいなオフィスなると従業員は嬉しく感じるし、モチベーションもあがる。そういうことが非常に重要」とした。

同社の総務部安留氏は組織改革の一環として、「One on One」(ワン オン ワン)に関する取り組みを説明。部下が上司に対して時間の設定などのスケジュールを行い、目標ややりたいことなどを話す場を設けているという。
その重要性について田中氏は「One on Oneは現代において非常に重要。上司が何かを伝える場ではなく、部下の話を聞く場がOne on One。自治体でもslackなどの活用が加速しているが、デジタルコミュニケーションは誤解が生まれやすい側面もある。心理的安全性を保つためにもOne on Oneは非常に重要で、リアルな会話もとても大切。」と加えた。
パナソニックのAI活用
本研修の後半ではITデジタル推進本部 シニアマネージャー 向野孔己氏より同社のAI活用についてのプレゼンが行われた。
向野氏は自治体とパナソニック従業員の年齢構成比と絡め「10年後には約半数以上が60歳以上で労働力不足になることは明らかであり、自治体を機能させるためにもデジタルをフル活用した新しい形の自治体への転換が必要」とし、同社の独自AIアシスタント機能「ConnectAI」に関する事例を紹介。日本の大企業でいち早くAIの活用に舵を切っており、2022年11月に ChatGPTが日本に上陸後わずか3か月で国内全社員に展開したというから驚きだ。
ConnectAI導入にあたっては
・業務の生産性向上
・社員のAI活用スキル向上
・シャドーAI利用リスク軽減
の3つの目的をあげ、情報収集から整理、ドラフト作成までAIに行ってもらえるようになれば工数は約4分の1になるが、その上で最後の仕上げは人間が行うことが必要と考えている、AIはあくまでアシスタントと語った。
また、Googleのキーワード検索に慣れきっている現状を踏まえプロンプトエンジニアリングの必要性について「人に頼むのと同じように丁寧に頼むと期待した結果が得られる」とした。また、自治体でのAI活用において最も重要だと思われる情報漏洩リスクに関しても言及。「いずれにせよ社員はAIを利用し始める。であればシャドーAI利用リスク軽減のためにもビジネスに特化したUI・機能を持つConnectAIの提供を行った」と明かした。
プレゼン内では参加者が所属する自治体に関するConnectAIからの回答例も紹介し、自治体での活用においてのヒントを示した。

すべての源泉は健全な企業カルチャー
続いてカルチャー&マインド改革に関するプレゼンが行われた。
「パナソニックコネクトが生成AIを他社に先駆けて導入できたのは企業カルチャーがあってこそ。どんなにいい戦略を作っても、優れた人材組織能力を持っていても、企業カルチャーが健全でなければ、全く生かせません」と山口氏。
ベースとなるのは健全な企業文化、と訴え続け、3つの段階にわけ「なにをする会社なのか」「なにが強みの会社なのか」を念頭におき企業改革を続けているという。
8年前のオフィスの写真や社員の服装、朝礼の様子などを紹介し山口氏参画前の同社と現在の様子を比較。同社では縦割りで重たいカルチャーからフラットで俊敏なカルチャーへ変革すべく、人事改革、IT改革、マーケティング改革など全社の改革を同時並行実践している。

その中でフォーマリティーを排除しないと意思決定の遅れることから「権威をもつ者が怖いとコミュニケーションを取ることに緊張が生まれるため、トップの服装カジュアル化も戦略的におこなっている」と取り組んでおり、代表の樋口氏も社長室を持たず他の従業員とともにフラットな空間にいるそうだ。これまでは社長と話を相談するためには秘書に時間を調整してもらう必要があったが、今では同じフロアにいるため、直接声をかけることができ、劇的に相談しやすくなったという。社長や役員との距離が近くなったことはフォーマリティー排除の大きな一歩だといえよう。

他にも企業の存続をかけて取り組んでいるDEIの推進についてジェンダーギャップの解消や卵子凍結助成の導入、男性育休推進、LGBTQ+、ハラスメント撲滅に関する取り組みについても紹介。特にハラスメントに関しては「日本で一番厳しい会社にした」と明かす。ハラスメントが発生した際は樋口社長とワンオンワンの面談を設け、個人名は出さないものの、詳細をイントラにアップし、どういう懲罰を受けるのか、といったことまで掲載するそうだ。それにより、今期下半期はハラスメントの発生件数が0件になったという。
手挙げの文化も尊重され、自発的に考えて動く会社に変わりつつあるという同社。
山口氏は「カルチャー改革は本当に大変だけどやり続けることが大切。変わっていくのを見るのは楽しいですよ」と結んだ。
研修後、参加者の小平市企画政策部 行政経営課DX推進担当 佐藤 己理氏は
「実際に変革をするまでの過程や変革をする上でのモチベーション、それにかける想いを聞かせていただき、大変感銘を受けた。変革前のパナソニックコネクトの事務室の画像を見せていただいたが、今の市役所の事務室とそっくりで驚いた。市役所でも、かっこよくて快適なフリーアドレスなオフィスで働くことが実現できるのではないかと、希望が湧いた。」と率直な感想を語った。
同じく参加者の山形県大石田町 総務課 主任 須田 愛規氏は、「生成AIの活用ばかりに気が向いてしまいがちだが、1on1ミーティング等に力を入れ、下からも意見を発言しやすい職場になったことなど、活用に至った背景には組織風土改革が礎となっているといった、新しいことを受け入れる企業風土の生成もまた重要であることを学んだ。どのようにDXを進めていけばよいかと悩んでいたが、多方面からのアプローチが必要であり、それらを同時並行していく必要があるということがわかった。」という気付きがあったと述べた。
DX推進仲間がつながる場所
研修終了後は参加者が意見交換を行うべく懇親会が催された。
自治体や省庁関係者がリアルな場で交流し、所属団体の現状、課題などに関する活発な意見交換がなされた。
参加者は所属団体の課題に対しての危機意識が非常に高く、ジェンダー・世代間のギャップ、財政状況に関する悩み、トップとの向き合い方など、課題を自分ごと化して考えていることが伺えた。
それに対し山口氏は「危機意識をもった仲間がどれだけいるか、集う人をどう増やしていくかが大切」「予算が少なくてもSNS活用など工夫をする」など仲間がいない・予算が潤沢でない状況でのスタートからどのようにカルチャー改革を実施してきたか、自身の実体験を交えたアドバイスを行った。
自治体担当者同士の交流について、イベント参加者の、小平市 佐藤氏は「基礎自治体・広域自治体・国の方、様々な方と交流させてもらい、意見交換をすることが出来るのは貴重な機会であった。基礎自治体で大変だと思っていることのあるあるを共有出来たり、また別の立場や視点からその事業を見つめなおすことが出来るなど、大変有意義な時間であった」との感想を語った。また、「普段の業務では他の自治体DX担当者の方とはテキストベースでやり取りすることはあっても、オフラインで会う機会はなかなか無いので、貴重な体験であった」とその意義を話す。
また、明和町 中谷氏は、「他の自治体の参加者と意見交換をする中で、DX推進におけるさまざまな課題が浮き彫りになったような気がする。また、自治体の意思決定プロセスのスピードとデジタル技術の進化の速さとのギャップに悩んでいる自治体も多く、これは自治体ならではの特有の課題だと感じた。今後は、これらの課題をどのように解決していくか、さらに他の自治体と協力し合いながら学びを深めていきたい。」と感想を語った。
大石田町 須田氏は、「DX推進については、横のつながりなどがあまりなく、普段なかなか他自治体の方と意見交換することがない。今回β’モデルへの移行を行っている自治体や、DXを進めるにあたっての体制等が整備されている自治体の取り組み等様々な話を聞くことができたり、先進自治体の方に進め方や取組について相談できたりと、とても貴重な機会となった。」と述べた。
懇親会は「今日の参加者は、全員が変革仲間。つながりを大切に、みんなで一緒に次世代の自治体を創りあげていきましょう!」と田中氏の激励で幕を閉じた。
自治体においては「取り組みの横展開ができていない」という話をよく聞くが、懇親会は各団体の内部細部まで知ることができる絶好の「横展開の機会」となったのではないか。
このイベントを主催した田中氏は、「パナソニックグループという伝統的な製造業の企業が、ここまで変革できるのであれば自治体でも必ずできるはずと、改めて背中を強烈に押された気持ちになった。2040年に向けて組織・サービス・システムその全てを変革していかねばならないのは、官も民もなく日本全体の大きな課題だ。あらゆる領域の変革仲間が交わり・混ざることが、変革を加速していく上で欠かせない。今後は国外の自治体や企業とも国内の自治体が学び合うような仕掛けも考えていきたい。」と語る。
人とのつながりや出会いの場など「DX推進の背景」やつながりを創出する田中氏の取り組みにも引き続き注目していきたい。
(執筆:デジタル行政 編集部)